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辺見庸 研究 ~内宇宙への旅~

辺見庸の発言は、ときに「荒れ球」や「魔球」もあるが、「剛速球」が身上である。その根源にある思考とは何か。

70.洞察の分水嶺(その1)

 評論家の近藤洋太は、小山俊一の思索の書である『EX-POST通信』の一節についてこんなふうに書いている。

「私は彼の反国家的・反社会的な言説に必ずしも賛成ではない。たとえば、「EX-POST通信」No. 4の次の一説などがそうだ。」

(……私たち生き残った戦争世代の者の処世(ママ:原文は処生)上の最低綱領は〈国家のために指一本うごかさぬこと〉の外になく、思想上の最低綱領は〈「民族」「国民」を志向するいかなる動向にも加担しないこと〉の外にない)。 

 近藤洋太が何気なく使っている反国家的・反社会的という語。その安易な表現、そこにはあまりにも浅薄な思考が潜在する。小山俊一が述べる「殺され死」(国家による)を、どこまで理解して書いたのか。近藤は小山の著作を字面だけで読んで書いたとしか思えない。

 たとえば小山俊一の国家や社会・世界についての次の言葉を再吟味せよと言いたい。

●「自然死なるものは存在せず、あるのは社会死ないし世界死だけだ」。  

●「<階級的「殺され」死>と、世界全体からの殺され死。二種類の死の配分者とはとどのつまり同一者であり、国家である」。

●「私の生の重みが彼らを殺す側の秤り皿にのっている」。

 天皇制国家だけでなく、国家そのものの暴力性、民衆・市民に権力機構から発せられる「民族」とか「国民」といったものにたいしては、危険ゆえに無防備であってはならない。無防備でいると、いつ「殺され死」させられるかわからない。しかも、いつの間にか加害者側に取り込まれて加担してしまいかねないのだ。

 そのことに思い至ることなく、近藤洋太は「今日の私は、このような恫喝めいた物言いに感応することができない」と述べている。近藤は、まず自分の「鈍感さ」を自覚しなけれなならない。

 また反社会的な言説というが、現実の社会がどれほど「正社会的な」ものなのか。「社会的な義にたいする根本的な批判基準は、<Notとしての義>(「反・等価の原理」)のなかにしかない」との小山の言葉を銘記せずに「賛成しかねる」といったとてそれは虚言にしか聞こえない。

 このことを見ただけでも、近藤洋太の『人はなぜ過去と対話するのか』(言視舎)という本が、内容の薄っぺらな雑本であることは明らかである。

 近藤は、辺見庸の「反社会的」という語に関する次の指摘をとくと吟味すべきであろう。 

「反社会的」とはなにか。私はそれをこれまで公安警察用語とばかり思っていたのだ。公安的タームからすれば、大学や学生はそもそも「反社会的」なものであり、ある意味ではそうであっていっこうに構わないと考えてきた。風景は変わった。「反社会的」なる断定を警察だけでなく大学までがやるようになったようだ。「反社会的」というでたらめな概念規定が、今日のアカディミズムでは通用するようになったのか。それでは「反社会的」のアントニム(反義語)はなんであろうか、と私はとぼとぼ歩きながら考えた。この告知を書いた人物はそれに答えなければならない。けしからぬ「反社会的」存在の締めだしを呼びかけるからには、依拠すべき「正社会的」とでもいうべき価値を提示するのが親切というものではないか。もしも、「反社会的」も「正社会的」も自明のことではないかというのなら、もう学府は要らない。

 辺見庸『いま、抗暴のときに』毎日新聞社、2003年。のち講談社文庫、2005年、84ページ。

 民衆は、世界対抗実現の水準のすぐ下の紙一重のところに存在している潜在態であり、対抗は人の数だけある。

 ボルネオで敗戦を迎え帰還した小山俊一は、孤絶のなか思索を深めそのことを言い残したかったのだと思う。

 

69.イメージが論理を駆逐する

 辺見庸は、メディア状況のなかで、「私が最も耳をそばだてているのは、ジヤーナリズム論では、レジス・ドゥブレである」と言っている。

 そのフランスの思想家レジス・ドゥブレは、「世界を人間の意思の力で変えようとする運動は、活版印刷の終焉とともに幕を閉じた」とも述べているが、そのことに関連して、辺見庸は次のように続ける。

 彼はテレビについて述べたなかで、「イメージが論理を駆逐している」ということを指摘していますが、私もそう思います。

 辺見庸『不安の世紀から』角川書店、1997年、250ページ。

 さらに、テレビと視聴者間の「像合わせ」がなされているといった意味のことも述べている。

 ドブレ(ママ)はテレビがもたらした状況の変化について、常に刺激を求める視聴者に合わせることによる情報のヒステリー化、短絡化を挙げ、「大衆迎合人道主義」が横行して、「浅薄で凡庸なイメージ」が少数意見を圧殺するなどと語っている。よくよく考えてみれば、それはひとりテレビだけの罪ではなく、新聞やネット情報を含むマスメディア全体の病症である気がする。

 辺見庸『いまここに在ることの恥』毎日新聞社、2006年。のち角川文庫、2010年、66ページ。

 

 テレビは視聴者の知りたいことに応えるものであるはずである。知るということは本来、生きるため、そして個として創造的に生きるためである。

  丘の向こうに何があるのか、何が起こっているのかを知るための情報

 役に立つと思わせる情報 ・・・ 身を守る 身を立てる情報

 いろんな人間や物事があると思わせる情報

 話題(噂)を得る、あこがれとなること知る

 他者との関係で自己の位置を知る情報

 だが、テレビでは、視聴者が知りたいことを一見リアルに伝えるが、それはコーティングされた情報なのだ。人々の均一化・平均化作用が企図され、実行される。 

 ドブレは「今や政治はショーかスポーツの様相を呈し、市民の政治参加はサポーターの応援合戦のようになりつつある」とも言い、こうした社会は「ファシズムよりましというだけで、民主主義ではない」と断じている。あたかも日本について論じているようなこの分析のなかで私がとくに注目しているのがここだ。

 先進諸国における政治のショー化、有権者のサポーター化といった現象が、イメージ偏重型である小泉首相の登場を引き金に、この国でも顕在化したからだ。ただし、ドブレの指摘に一つの問いを継ぎ足したくもなる。日本は本当にファシズムではないと断言できるのか、と。

 辺見庸『いまここに在ることの恥』毎日新聞社、2006年。のち角川文庫、2010年、66-67ページ。

 テレビは「できるだけ遠ざかって」視なければならない。

 テレビ側としては、「絵になるように」企画し、撮影する。そのことを出演者に依頼し、出演者も意識的に、または無意識的にそれに応えるような言動をとる。場合によっては「やらせ」的な演出も辞さない。編集作業によって、都合の悪い内容は改変する。

 番組企画は、スポンサーや当局筋の意向を忖度したものになる。視聴率や視聴者の劣情、興味、意向を取り込む。事実(factやtruth)よりも、視聴者の心情や洗剤願望、期待に応えることが優先される。 

 基調として、批判的な番組は避ける。根源的な追及はしない。ネガティブな色彩は出さない。面白ければよいとの方針は、結果的に「無意味な笑い」「刺激」番組を生む。さりげなくスティル性も介在させる。その結果、景気浮揚、消費拡大、競争、思考停止に資する番組が多くなる。 

 テレビは、日常的に人間の五感と意識に高密度な情報発信をする。生活者のテンポや時間感覚、意識活動との齟齬が生じるが視聴者は慣らされていく。

 それが常態化すると、人は、いわば自動車や電車、飛行機の乗客のような意識に陥る。没自然性、没マチエール、没身体性である。テレビという仮想現実空間での言動が視聴者の意識に刷り込まれるのである。

 Post-Truthの世界の演出装置であるテレビ業界は、意識産業として、権力のメディアとして、さらにはメディア権力として情報消費資本主義を体現するようになっている。  日常やグローバル空間もそのような情報空間世界である。それに加えて現代では、無編集の膨大なネット情報が、「反・等価の原理」(小山俊一)を駆逐しながら人々を襲っている。

 

 

68.辺見庸の謬漏

 「品行の問題(自己否定による個の深化不徹底)」と「突き抜けられなかった」ことは、辺見庸にとって個のフレイジル(fragile)な面としてあらわれている。前項ではそのことについて述べた。

 加えて、これもすでに指摘してきたところであるが、彼の思考の基盤にかかる脆弱性について、どうしても指摘しておかなければならない。

〇平成天皇横浜駅の西口近くで思わず手を振り、さらには武田泰淳靖国神社参拝を容認する発言をしている。

〇「鹿野武一が常に隊列外側に位置するのはボナパリズムに通じる行為であり、石原の意識にはその認識がなかった」との理解の問題性。

〇消費資本主義の本質把握の不徹底

〇軍隊にいれば(実時間のことであれば)自分も人を殺し、慰安婦との行為に走っていただろうと述懐。(再掲)

〇その他。キリスト教理解の浅さ。(「「ヨハネ黙示録」は一種の幻想小説である。いろんなところから引用して書かれている。だから基本的にいろいろ詮索しても是非もないことである。しかも神学者たちは信教の立場から何とか引き寄せようと改竄解釈をしているという代物であることが辺見には認識されていない)。

 これらは辺見庸の思考基盤における「脆さ」を示している。

 人間である限り完璧ではいられないし、誤りを犯す。辺見庸もまた人間であり、誤りを犯す。

 そう言って辺見を擁護することは容易であるが、やはり自己の思考と言動の脆さを見つめなければならない。

 なぜそのようにいうかというと、辺見の他者への批判がこの上なく鋭く突き刺すようなものであるからである。そしてそれは、被批判者のホリスティックな価値が致命的な瑕疵をもったものとして読者に受け止められ、読者にとって蟻の一穴のごとく作用するからである。

 谷川雁太宰治柄谷行人チョムスキー石原吉郎吉本隆明丸山眞男堀田善衛埴谷雄高小田実などである。

 彼らに対する批判(詳細は辺見の著作を参照されたい)そのものは点としては正鵠を射たものであり、間違ってはいないのだが、そのように批判をする辺見は、無謬性を主張できるのか。できるはずもないし無謬を誇るつもりもないだろう。では細部に瑕疵は宿っていないのか。

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  撃つからには撃たれないだけの態勢でなければならない。これが鉄則だ。率直に自らの至らなさを自己吐露している辺見庸ではあるが、鋭刃の批判をするまえに今一度自己言及を徹底しなければならない(このことは自分自身も当然担うべきことだ)。

 それでこそ受動態たる認識的存在が「自己否定による自由の獲得」につながる。  

 ただし、以上のことがあるにせよ、辺見庸の卓越は比類ないものであることは明記しておきたい。

 ぶれない言動、突き詰めた思考、非権威・非反権力、瀆神精神、率直な吐露、行動性(デモ参加等)、鋭い言説(反天皇制と死刑反対、反帝国主義、抗暴)。

67.辺見庸:感覚の最深部

 透徹した思索者の一人として、辺見庸は、現行憲法の改定に断固反対し、天皇ヒロヒト戦争犯罪を厳しく指弾する。また、このままではファシズムの危険および人類滅亡が必至であると警告している。さらに、いかなる場合でも(たとえ南京虐殺の首謀者であっても)死刑には絶対反対である。確定死刑囚の大道寺将司の詩作(句集)も支援してきた。 身体(肉体)を賭けた闘いを是とし、自らの「暴力」も容認(世界全体から集中してくる「殺す力」に抗していきるためには「暴力」が必要、とのことであろう)。

 辺見は、人倫、誠実こそ、基本的に、生きるうえで必須のことであるとも述べる。

  だが一方で、反・等価性が貫かれていないと訝られてしまうのである。

〇麻薬常用者である超一流のジャズトランペット奏者チェット・ベイカーを評価。

〇東京足立区立中学校での講演で、生徒の質問に「女を買ったことがある」と答えてい

る。その他、サイゴンでのこと、カフェ・ダフネでのことなど。

〇軍隊にいれば(実時間のことであれば)自分も人を殺し、慰安婦との行為に走っていただろうと述懐。

 性をフィジカル面に偏ってとらえ、生や人間存在でのトータル面でとらえきれていない面がある(太宰治『満願』の描写への理解、吉本隆明河野多恵子などとの対談内容、陽根やSquirting描写、チェルノブイリでの男女の表現、黒人の性に対する視点、「あの黒い森でミミズ焼く」)。

 これらのデカダンスないし下降志向は、少年期に彼が故郷石巻で、大人たちの妖しくもむき出しの性の態様を目撃したこと、そして彼の父親とのことがトラウマ(A)になっていると推察できる)。

 辺見はけっして無頼派を気取っているのではない。資本と情報によってふやけてしまう「生体」を拒否し、マチエールを重視する(多種偏りはあるが)「生」そして「性」を心底から求めているのだ。

 「品行」はいざしらず「品性」は透明で輝いている

 ところで、「突き抜けられなかった自分」、これが彼のもう一つのトラウマ(B)になっているのではないかと考える。

  Ⅰ

 大逆事件については石川啄木の第二詩集『呼子と口笛』も読むには読んだが、宮下太吉を描いた「彼の遺骸は、一個の唯物論者として/かの栗の木の下に葬られたり。/われら同志の撰びたる墓碑銘は左の如し、/『われは何時にても起つことを得る準備あり。』」(「墓碑銘」)などの詩行には真っ直ぐすぎてついていけなかった。なにやら畏れ多くもあった。というより、私は正直なところ権力に対しのべつ腰が引けていて、何時にても起つことを得る準備なし、だったのだ。

辺見庸『言葉と死 辺見庸コレクション2』毎日新聞社、2007年、153ページ。

 大道寺将司とともに早晩あの夏の記憶も完全に消されることをうすうす知りつつ。いやはや巧みなものだ。卑劣なものだ。私は、そして読者よ、〈時の共犯者〉よ、後に虹の不首尾を知ったとき、内心なにを想ったか。臓腑をすっぽりなくしたような虚脱とともに、〈虹よ、いっそ架かればよかったのに〉と、一刹那なりとも無神経に考えはしながったか。

 白状しよう。私は脳裡のスクリーンに派手やかな虹を架けてみたことが一再ならずあったのだ。もしもほんの一瞬間でもそう想ったのなら、私は、そして読者よ、〈時の共犯者〉よ、なにがしか落とし前をつけるべきではなかったか。少なくもあの夏の幻像を永久の烙印としてみずからの心臓につよく押しつけるべきではなかったか。私たちはそうはしなかった。ただ、紅い幻像をこっそりと愉しんだだけだ。風景の危うい核に入るのではなく、無傷で想念の遊びを安全な周縁で遊んだだけだ。そして、惨惜たる〈いま〉がある。〈いま〉は彼の言葉に怯え震えなくてはならない。

 辺見庸『記憶と沈黙 辺見庸コレクション1 』毎日新聞社、2007年、71ページ。

Ⅲ 

(「慰安婦」と呼ばれた老婦人たちへの阿川弘之のを暴言に対して)間髪入れず(いささか古風だけれど)「黙れ、ファシスト!恥を知れ!」「化石しろ、醜い骸骨l」とでも大声で叫び、衆人環視下で、かれの顔にビールをぶつかけ、たしか手わたしでもらった賞金百万円と副賞リストの入ったのし袋を床にたたきつけて、いまいちど「化石しろ、醜い骸骨!」とわめき、ウワーハッハッハッと黄金バットのように高笑いしつつ、憤然と退場すべきだったのだ。

 辺見庸『1★9★3★7(イクミナ) 』金曜日、2015年。のち『増補版1★9★3★7(イクミナ) 』河出書房新社、2016年、『完全版1★9★3★7(イクミナ)』(上・下巻)角川文庫、2016年、261ページ。

  辺見は、これらAB二つのトラウマによって忸怩たる思いをつのらせ、悔いている。

  なお、ここでのトラウマとは、自分の「生存感覚」ないし自分の内部の陥没や空洞のこと(小山俊一)であり、極言すれば、それは自分が思考するとき「暗黙の取引なし格闘」を避けることができないものである。

  

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阿川弘之の暴言:「死にたい者には死んでもらえばいいんですよ」

 むかし「慰安婦」と呼ばれた老婦人たちを韓国各地で取材したことがあった。彼女らは一人一日で二、三十人もの日本の兵士を慰安所で「受け入れた」という。事後、性器を負傷すると赤チンをもらって塗った。夕食後には、昼間つかったコンドームを小川にならんで洗わされた。彼女たちのだれもコンドームなどと言わなかった。「サック|と呼んでいた.ある婦人は、「性交よりもサック洗いのほうがつらかった、と話してくれた.元慰安婦たちはソウルの日本大使館前で割腹自殺しようとする寸前に警察にとりおさえられたのだが、またそれを試みようとしていた。「死ぬのはやめてくださいよ」。わたしはオウムのようにくりかえしたものだ。

 サックや赤チンのことを記した自著がなにかの賞をもらい、そのパーティーで、賞の選考委員の一人だった日本芸術院会員、阿川弘之がわたしに近づいてきた。気色ばんでいる。慰安婦のことを書いたあのルポはじつにくだらないとわざわざ言いにきたのだ。不覚であった。顔に酒くさい息を浴びてしまった。阿川はわたしにむかっていくつかの言葉を吐きすてた。「君ね、『死ぬのはやめてくださいよ』はおかしいですよ」「死にたい者には死んでもらえばいいんですよ」。あれ、わたしは脱線してしまっているのだろうか。「おわいのおかし」とサックはなんの関係もないだろうか。「死にたい者には死んでもらえばいいんですよ」と言った老人のその口に、わたしが細田傳造言うところの生菓子のようなものをズボッとぶちこみたくなった衝迫は、未来志向とやらに反しているであろうか。わたしはそうはおもわない。

 辺見庸『いま語りえぬことのために―死刑と新しいファシズム毎日新聞社、2013年、271ー272ページ。

 

 

 

 

 

 

66.辺見庸における「延性破壊」

 最近、辺見庸は「延性破壊」を自己の内的世界に起こしつつあるようにみえる(延性破壊とは塑性変形を起こし、材料の著しい伸びや絞りを伴う破壊のことをいう)。

 かつて辺見庸は、吉本隆明埴谷雄高の晩年の変質を嘆き、批判していた。しかし、辺見の変質の内実は、彼らと異なるものの 、autonomyの揺らぎを感じさせるものがある。(いまさらdignified 、ましてやnoblesse obligeを、とは言わないが)。

 最近何度かインタビューを受けたけど、それは大抵日本はどうなるんだ、どういうふうに復興すればいいのかというものなんだ。そういう質問じたい不愉快なので、この際一回滅びたほうがいいんじゃないかと言うと、正気なのかという目で見られて、けっきよくそれはなかったことにされて新聞に載らない。ぼくは本気で言ったのにね。こんなインチキな国はなくなったっていいじゃないか、棄てちまえ、と。いくらニッポンでも千人に聞いたら一人ぐらい言うよ、この際一回なくなってしまったほうがいいじゃないか。そういった言説を全部きれいに消していく作業だけは、メディアの連中は見事にやる。みな「自己内思想警察」がいる。

 辺見庸『死と滅亡のパンセ』毎日新聞社、2012年、83―84ページ。

 これくらいはこれまでの辺見庸の思考からは自然な表現で、何も驚くことはない。むしろ「まっとうな」表現であるといってよい。

 まいどAの話で恐縮ですが、Aは不快であり、ふひつようである。Aは最悪だ。Aはばかだ。Aはコンプレクスのかたまりだ。うらはらに不遜で倣慢だ。Aはみえすいている。Aはジンミンをじぶんよりもよほどアホで操作可能だとおもっている。チョチョイノチョイだと。Aはアナルだ。ケツメドだ。ケツメドが、でも、ジンミンを支配している。Aはますます図にのっている。ひとびとは、だからこそ、じつは、Aをとてもひつようとしているのではないか。ドイツ民衆がナチスをひつようとしたように。あとになってすべてをヒトラーのせいにするために、ヒトラーをひつようとしたように、われわれ卑怯なジンミンは、Aをいまひつようとしている。きったねえケツメドを。マヌケぶりを笑いたおし、いつかみんなで罵倒するために。すべてをAのせいにするために、Aをひつようとしている。(2014,10,14)

 辺見庸『もう戦争がはじまっている』河出書房新社、2015年、84ページ。

 これも表現はやや「荒れ球」風だが、内容は的確だ。

 ところが、思わず、え?と思ってしまう彼の「つぶやき」をブログで目にした。

 これ以外にも散見されるいくつかの譫言。もしかすると辺見の言論テロを警戒するNSAへの攪乱かと思ってしまったほどである。   

 駅前でシンニッポンなんとかというのが、たすきがけで愛国連合政府樹立署名活動をやっている。特高が電柱の陰からじいっとみている。とおりすぎるわけにはいかない。

 おばさんに言う。ぅわたくすぃ、手がわるいのでアナルコサンディカサインでもよかですか?愛国おばさん「アナルコでもハメルコでもよかどすえ。おっちゃん、元気だそう!」。ほなと、ケツメドで落款す。ペタ。失敗。もいっかい。朱肉が穴にちゅめたいわ。腸が冷えるわ。ペタ。乱れし菊のご紋。

 聞こえよがしにうたへ、キミガヨ。ニッポンゼンコク、ソウイン、起立!右むけぇ右!

  ケツメドでうたへ、キミガヨ (文科省推薦・ヌッポン国旗国歌法第2条に基づくソネット) ケーツーメドはケツメドだ 

 おれのケツメドは ただれ ゐわをとなりて こけのむすまで おれのケツメドだ おまえのケツメドはおれのケツメドじゃない エンペラーのきったねえケツ チンのケツ アベのケツの眼窩の襞を頌え 頌えってんだよ エンペラーのケツの眼窩の襞のクソのかけらのアルシーヴを読め 

  アホウども 党のハンドラーたちよ 洪積期のウンコの眩惑 くっちゃい穴(孔)と穴(孔)のまわりをさあ、たんとお舐め ペチョペチョ ぼくちゃんのアルコーヴ ウンコのエノンセでいっぱいの夢のアルシーヴ ケーツーメドはケツメドだ おれのケツメドはおれのケツメドだ ちよにやちよにケツメドだ おまえのケツメドはおれのケツメドじゃない さあ、やったんさい いれて ぶちこんで さして ちょっとぬいて すぐついて こねて たれて だして ちよにやちよに あへあへ あへりんこ タマのーむーうーすーまああで いってえ! 

 あっあっ、いっちゃふ!みんすすぎってなんだあ? ケツメドだあ!             (2015/11/19)

*このブログ記事は、公式の辺見庸のブログからは、現在、削除されている。

  辺見庸における「塑性変形」の兆候。これは、噴出する狂気じみた意識を制御できず不安に怯えることに起因したものなのか。それとも自暴自棄を衒っているのか。

 加えて2004年春の脳出血の後遺症が、身体と神経の乱れとして辺見を襲っている。

 表現は彼にとって癒しにならず却って深傷の確認となる。辺見庸の鋭い感性(聖性)が、世界の現実の理不尽を前にして傷つき乱調を奏でている。

 

付記

 江藤淳自死(遺書)の吉本隆明の言辞への批判、さらには狂い死もよしとするのが辺見庸らしいかもしれない。

 

 

65.二人の「ポムチェジャ」:吉田松陰、福沢諭吉

 吉田松陰

 安政の大獄における悲劇のヒーロー、近代日本の先覚者のように受け取られているが、実は彼は、朝鮮半島やアジアへ侵略思想の創始者なのだ。

 日本という国の悲惨さは、いちじるしく知性を欠く政治家とマスメディアに支配されているにとどまるのでなく、みずからの近現代史の実相と、その朝鮮半島、中国とのかかわりの深層を、あまりにも、じつにあまりにも知らず、謙虚に知ろうともしていないことである。この国は、せいぜいよくても、司馬遼太郎ていどの近代史観しかもたない首相と政治家を、過去にも現在も、何人もいただいてきたことだ。そして日本の〈征韓論〉の歴史と淵源をまったく知らないマスコミ。そのツケがいまきている。

 大久保利通江藤新平榎本武揚福沢諭吉板垣退助、大井憲太郎、樽井籐吉、陸奥宗光勝海舟山県有朋与謝野鉄幹井上馨、三浦梧楼、伊藤博文大隈重信徳富蘇峰宇垣一成、南次郎、小磯国昭・・・らが、アジアと朝鮮半島にかんし、なにを語り、なにをしてきたかを、日本人はとっくに忘れたか、もともと知らず、朝鮮半島や中国に住まうひとびとのほうが代々、憶えているということは、これはまたどういうことなのか。

 「ポムチェジャ」とはだれのことだ?三浦梧楼はおどろくべき범죄자ではないのか。伊藤博文とはなにをなした人物か。なぜそれを調べてみようとしないのか。

 辺見庸「私事片々」(2013年11月20日) 註:「ポムチェジャ」(범죄자、犯罪者)

 明治維新の「立役者」たちを育てた吉田松陰明治維新の精神的指導者、理論家、倒幕論者、兵学者。何よりも封建制打破の情熱と行動力に多くの「日本人」が魅せられてきた。

 ところがこの松陰、とんでもない罪業の持ち主であり、新国家・富国建設という「大義幻想」ために侵略思想を捏ね上げた張本人なのだ。

 松陰の著した『幽囚録』『獄是帖』『丙辰幽室文稿』を読めば、そのことは一目瞭然だ。(「朝鮮を取り、満州をくじき、支那を圧し、印度に臨み、以って進取の勢を張り」等の記述をみよ)。

 また、彼の句が問題だ。

「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂

「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂

 アジア各国を侵略し何千万人を殺戮。それを推し進めるのが、ふつふつと湧き出る熱き大和魂であると謳う。

  安倍首相がもっとも尊敬する人物は、この同郷の吉田松陰だと公言しているのだからあきれものが言えない。

  福沢諭吉もまた、とんでもない男だ。

 福沢諭吉は『学問のすゝめ』を書き近代日本の礎をきづいた偉人の一人としてあげられている。「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云えり」と福沢諭吉は言った。米国の独立宣言から示唆を得た言葉らしいが、これには大きな誤りがある。

 わがジャパンは人の上に人を造っているではないか。天皇という存在は「人の上の人」ではないのか、と内村剛介は怒る。

 戦後、最大の戦争犯罪者にもかかわらずヒロヒトは「人間宣言」とやらをして象徴になった。世襲によって地位を得たアキヒトも住民登録せず、納税義務をはたしていないし、選挙権もなく「一族郎党」とともに国民のうえでのうのうと暮らしている。国会の最上段に座ったりもしている。

 学問を熱心にすれば人びとは平等になれるなんて幻想である。学問を受ける権利の実現の前に不平等と多くの困難が立ちふさがっているではないか。

 

64.スポーツ振興の光と影

 スポーツが法律問題として大きく社会問題として取り上げられるようになった。そんな折、知人の弁護士が『〝平和学〝としてのスポーツ法入門』という本を出した。「スポーツ法」のことや「スポーツの平和創造機能」について述べられている。

  スポーツの「功罪」については以前から論じられてきたが、この本では主にスポーツのもつ「功」について「平和の創造」という新しい視点から展開されている。 

「スポーツでの勝利は、確かに権力欲・闘争本能の十分な満足ではありません。しかし、ルールを介在させ、ある程度の満足で終わらせるノーサイドの結論に導く、それが人類の叡智、文化としてのスポーツなのです。そこにスポーツの良さ、スポーツの持つ『平和創造機能』があるとぼくは思います」。

(辻口信良『平和学としてのスポーツ法入門』民事法研究会、40ページ)

  武器をスポーツに持ち替える、それによって能動的平和的生存権の実現に結びつけるという主張である。

 とは言え、スポーツについてはどうしても胡散臭い面があることは否定できない。

 体罰や暴力、上命下服・上意下達の人間関係、自身のことを「自分」という習慣などは戦時における軍隊に通じることであると指摘し、国家の権力者によるスポーツ利用などについても著者はきっちりと触れている。一方、国連スポーツ省の創設といった提言もなされている。 

 だが、「スポーツの平和創造機能」の実現には、克服すべき課題があまりにも多い。オリンピックについても「平和の祭典」とばかり言えないことは多くの人が指摘してきたところである。2020年の東京オリンピックの開催をめぐっては、利権問題や公金の浪費が取り沙汰され醜悪な側面を晒している。

 逸見庸による指弾はさらに手厳しい。

 二〇一二年八月三日朝、ロンドン・オリンピックの狂乱の最中に、日本では二人の人間が 体操の吊り輪のような宙づり装置により、絞首刑に処された。まさに白闇のなかであった。刑場はつねに白闇に姿をあらわす。オリンピックと死刑は、断然なじまぬようでいて妙になじむのだ。だって、ふたつとも国家幻想が演出している格好の活喩法なのだから。国歌。歓声。国旗へのフェティシズム。英雄崇拝。五輪の絞縄。それらのしなる音。頸骨の砕ける音。いつわりのメッセージ。ガンバレ・ニッポン!友愛―連帯―フェア.プレー精神―神聖国家幻想―強国幻想―死刑台ー階段ー表彰台。友よ、しかし、国家とはほかならぬわたしらの集合的夢がこしらえた幻覚であることをうたぐるべきではない。

辺見庸『明日なき今日  眩く視界のなかで』毎日新聞社、2012年、33ページ。

 スポーツの功罪(または光と影)を考えてみよう。

<スポーツの効用・利点>

 ・闘争心、競争意識の安全弁または「ガス抜き」機能、

 ・心身の活性作用とその促進、カタルシス効果(結果的に医療費や福祉費用の低減)

 ・人間関係や国際交流の仲介と潤滑化

<スポーツを利用した問題点(罪)>(例示)

 ・商品経済化による人間疎外(消費資本主義の拡充やスポーツくじの弊害)

 ・政治利用(オリンピックに向けての「共謀罪」の制定による治安維持の策謀など)

 ・競争心・闘争心鼓舞(民衆の心的荒みの進行、国家総動員体制への地ならし)

 ・過度のトレーニング強制による「思考停止」人間の増加(文武両道の変質)

 ・身障者スポーツ振興による多くの弱者への偏見助長

 ・天皇などの権威を利用した社会形成(国体意識の助長)

 なお、スポーツ振興が官民一体となって行われていることはマスメディアにおけるスポーツ番組の多さや「スポーツ庁」の設置を見ても明らかであろう。

 とりわけスポーツ競技における技術は日進月歩だが、スポーツをめぐる制度や情勢は逆に退歩している。スポーツ(競技・大会)にまつわる危険に対してあまりにも無防備なのだ。

 スポーツという消費活動におけるミニマリズムエシカルアプローチを柱にした「新スポーツ憲章」が求められる。平和とスポーツへの取り組みは、それを基礎にしたところから始まるであろう。

 

63.ファシズムの快と自省

 辺見庸は述べる。

 何度もくりかえしますが、ファシズムというのは、けっしてでたらめなやつだけがやっていたわけではないのです。ファシズムにはファシズムなりのある種のロマンというものがあった

 そのことを忘れないようにしたいとぼくはおもうのです。「ファシズムにはいかなる精髄もなく、単独の本質さえない」、それは「ファジーな全体主義だった」とイタリアの作家ウンベルト・エーコーは指摘したことがあります。つけくわえれば、ファシズムとは時に排外的行為を、痛快で、爽快であると錯覚する社会心理、集団心理でもあろうかとぼくはおもいます。日本でもその根は絶えていない。

 辺見庸 『しのびよる破局 生体の悲鳴が聞こえるか』大月書店、2009年。のち 角川文庫、2010年、73-74ページ。

 ロマンチシズムは、本来、個として理想主義ないし観念感情や感受性・主観に重きをおく。対極に理性偏重、合理主義や写実主義自然主義など広義のリアリズムがある。

 自己がリアリズムでの実態を知悉すると、矛盾に苦悩せざるを得なくなり、ロマンチシズムに向かう。だが結局、満身創痍で立ち行かなくなる。ロマンチシズムはリアリズムの前に崩れ落ちる。

 ディストピアに陥り、滅亡の幻影にさいなまれデカダンスに身をゆだねたりする。自らを無機物へと追いやるケースもある。

  ところがそれでも、滅亡の反照に目を背けられずロマンへ希求が突き上げてくる。またもやニヒリズムに苦悩しながらも両者の間を往還し葛藤・確執を繰り返すのである。

  ロマンチシズムとリアリズムの往還、確執(葛藤)の場は、人間社会のすべてにわたる。

国家→     革命(アナキズム共産主義)、サンジカリズム、社会民主主義 

        アソシエーショニズム

        ファシズム国家社会主義、独裁)、

        *ポスト・トゥルーシズムが駆使される。

  

 経済→    自由経済 市場経済 国家独占資本主義

        福祉資本主義  社会主義経済 共産主義経済

        エコロジー経済

 社会、思想、哲学、医療、それ以外に多岐にわたる。

   文学、音楽、家庭、性、愛、恋、友情、老い、教育、消費 f:id:eger:20170210142727j:plain

   世界に蔓延しつつある排外的自国第一主義は、政治経済面でのロマン主義の一種ではあるが、リアリズムの課題・問題との取り組みを放棄したものであり、理想とは似て非なるものである。内なる利己的遺伝子の突き上げを情念の高揚として認識し、内語での自省・対峙を失うかまたは回避している。

 そのことに気づいた者が、状況の闇をフォーカスする力を研ぎ澄ますことができる。

                                 (エゴン・シーレ死と乙女」)

 

 

 

62.トランプ、COP21への裏切り

 マスメディアは、米国の「移民、難民の受け入れ拒否」や「反グローバリズム(貿易、経済、金融)」を報じている。

 トランプ大統領は、目先の利益と利己を求める大衆にすり寄り(または体現し)、失われた「米国ロマン」の復権を訴えている。まさにヒトラーの言動そのものである。

 アメリカファーストの実相が「アメリカの利己主義・排外主義」であることは、経済・社会・金融・軍事面だけではない。地球環境の保護、改善を目指す世界各国の努力に背を向け、COP21の決議を反故にしようとしている。

 これは米国が、人類生存の前提条件確保への努力を蔑ろにする暴挙以外のなにものでもない。

 2015年11 月にCOP21 と呼ばれる国連気候変動枠組条約第21回締約国会議がフランスのパリで開催された。この条約は地球温暖化問題に対する国際的な枠組みを設定した条約であり、大気中の温室効果ガス(二酸化炭素、メタン等)の濃度を安定化させる(削減し続ける)ことを目的にしている。

 COP21のパリ協定では、世界共通の長期目標として平均気温上昇を産業⾰命前から2℃より⼗分低く保つ。1.5℃以下に抑える努⼒を追求することを決定した。主要排出国を含むすべての国が削減目標を5年ごとに提出・更新するという内容だ。

 米国はその努力をあざ笑うかのように、COP21から離脱したのである。日本の首相はそのことに対して公式に異議申し立てをしていない。

 現在の米国には、成熟した民主国家としての矜持はない。人類の生存基盤である地球環境へのまなざしを全く欠き、金権にまみれた劣情が噴き出ているのである。それは反エコロジーへの視点の転換だけでは済まされない問題である。

 辺見庸の次の指摘に耳を傾けなければならない。

    気候変動は二酸化炭素による温室効果だけが原因であるはずがない。しかし私たちは、温暖化を考えるときに戦争や核実験という重大な要因を捨象してしまう。そして、温暖化対策は「エコロジー」という言葉でくくられてしまうのです。

『たんば色の覚書 私たちの日常』毎日新聞社、2007年。のち角川文庫、2011年、129ページ。

61.「不条理な」苦痛

 今日の世界情勢として政治の右傾化、排外主義の台頭がある。それは「トランプ現象」に顕著に表れているのだが、日本にも当てはまることである。

 逸見庸は『いま、抗暴のときに』で、次のような主旨のことを述べている。十数年も前のことだ。

 ドブレは前掲書で憂いがちにいっていた。「技術の進歩は不可逆だが、政治は可逆的なものだ。つまり、政治には進歩はないということだ」。人間的なるものは技術的進歩に追いついていないし永遠に追いつくことはない。そこで現出したのがすなわち高度技術社会における不可視の精神遅滞ないし獣性である。

『いま、抗暴のときに』毎日新聞社、2003年。のち講談社文庫、2005年、84-85ページ。(なお、文中の前掲書とは、ドブレ『革命の中の革命』(晶文社))

  歴史が技術と同様に進歩するのであれば、原始・古代・封建・近代・現代の推移として、人間(人類)の情意における俗や劣は精錬された「精」(叡智)を内包して現出しているはずであるし、それが未来において大きく広がると予感されるに至っているはずである。

 そうならずに人間は「精神遅滞ないし獣性」を引きずっているのだから、「人間の不完全性を歴史はいつまでも刻み続けている」とわかったように佇み、利己に閉じこもっていると、次に来るのは核兵器の使用による滅亡である。 

 「ぼくは無機物論者ですから、そういうもの(生れ変わり:筆者註)はなくても平気なんです。だけど、生きている間はイメージのなかで平和共存とか、南無阿弥陀仏とかありますけれども、平和共存と何回も繰り返すよりも、南無阿弥陀仏で極楽に往生するということがより広く、より長続きする一つの考え方だと思うんです。平和共存というものは、非常にあやふやなものでしょう。しかし絶対他力というものはね、全部救いがないというときに浮かび上がってくるイメージですから、そのほうに賭けるわけです。生きている間はですよ。だけど、本心は無機物に帰するに過ぎない。地球上のすべての生物はやがて腐って、消えゆくものですね。腐って消えてゆかなかったら、存在というものはできないでしょう。(中略)腐って消えていって、滅びてしまうということがあってですね、うまく調和がとれているのであって、それはぼくは自然科学的に考えているわけです。」

 武田泰淳『館田泰淳全集 別巻二』筑摩書房、1979年、198ページ。

 しかし、人類がこの地球で無機物になる前に平和共存を、他力本願と言われようが、それが非常にあやふやなものであろうが、矛盾に対峙しながら唱え続ける。または辺見の言うように、

 いわゆる「反社会的」思想の助けも借りなければならないし、まずもって「反社会的」という世にも恥ずかしい言葉を捨てることからはじめなければならない(辺見庸『同上書』85ページ)。

 かつてのローマ帝国がそうであったように、米国は自国の仕業に起因したことどもを顧みず「逆切れ」し、気に入らないものを排除・抑圧する。抵抗や反乱が必至なことは自明である。

 資本に精(叡知)など皆無、権力・権威もしかり。言葉だけによる理念やロマンもまたしかり。押し付けられ誘起された自己犠牲ではなく、個として主体的な自己否定(批判的主体形成)を通じて「脱・精神遅滞ないし獣性」を具現する。  

 技術の進歩に比べた場合の政治の可逆性ないし退行。人間の情意が俗や劣から脱することができずに引き戻されるが、進歩の規準はある。

 人類(歴史)の進歩は、人々の利便性と快適性をひたすら追求する技術における進歩とまったく異質なのである。

 「不条理な」苦痛―つまり各人が自分の責任を問われる必要のないことから負わされる苦痛―を減らさなければならない、という価値理念に歴史の進歩の規準が求められる。

(出典:市井三郎(1971)『歴史の進歩とはなにか』岩波書店、208ページ)。

 障がい者、被差別者、被災者、難民、その他諸々の不条理に見舞われている人たちの苦痛をいかに減らすことができるか。

歴史の進歩を刻む。その取り組みのなかで、各人が問われる責任を、各人の置かれた情況や暮らしにおいて自覚し行動に移し主体形成へと進んでゆく。

 「他業自得」を基底に「自業自得化」してなにか新しいもの(新しい自分をふくむ)をつくりだす。その営為のなかに自由がある。 小山俊一はサルトルの所説を、そのように理解したのであったが、一言つけ加える。「説教ならまだしもだ」と。

60.ロマンチシズムの力

 

 「ぼくらの年になると、とにかく無事に暮らせればいい、という気持ちが片方にあって、そういう気持ちを引っぱって行くだけの力は、ロマンチシズムにはないんですよ。だからどうしても破壊ということになっちゃう。」(五木寛之との対談で)。

 武田泰淳武田泰淳全集』別巻二、筑摩書房、1979年、107ページ。

  この武田の発言は、五木寛之が、当時の若者たちのなかに、日本浪漫派や国際浪漫派とでもいうべき人が出てきているということや、「アナーキズムは舞踏で、コミュニズムは歩行みたいなもの」との発言を受けてのものである。

  ただし、ファシズムにもファシズムなりのある種のロマンというものがあると言えるかもしれないが、それは国家権力に誘導されたロマンであり、ロマンチシズムの特質のとして、個性(個体)を重んじ古典主義に抗することを欠く点で画然と異なるのである。

 ところで「とにかく無事に暮らせる」というときのその中身は何か。ロマンチシズムに魅力を感じなくなっている心情はどのような理由によってもたらされるのか?

〇まず考えられるのは、GDPが増え一定の物質的な豊かさを得られ、そしてまがりなりにも多数決による民主政治が形成され、それらによって従来は踏みにじられてきた人間の利己的遺伝子による充足がかなえられるようになった、ということ。

〇だが、その内実は、消費資本主義(市場主義)による操作対象でしかない。消費資本主義という高速機械装置の中で暮らすうちに消費購買におけるマチエールを欠き、さらには自分の「言葉」も喪失してしまっている。物質文明を享受し利便性から抜け出られなくなっている。

〇自らが物質化し(またはステレオタイプの剥製になって)、暮らしの中で緩慢なる死(「無機物化」)を「生きて」いる。そうような状態であっても利己的遺伝子は「よし」とする。リスクや負担が懸念される急激な無機物化を回避できるという「無事」を選んでいるのだ。

 その結果、一定の自己犠牲を必要とする民主社会や公正の理想を目指すロマンチシズムは後退するが、それを言葉で引っ張っていけないからといって破壊に走ってよいのか。よいはずはない。

〇エゴイズムは全面的な自己肯定である。一方、民主主義は自己犠牲という自己否定をf:id:eger:20170128151250j:plain

必要とする。そのことを前提としたうえで、はたして民主主義は成立するのか。これは永遠の矛盾であると言わざるを得ない(真継伸彦「生きることの地獄と極楽」武田泰淳『上掲書』195ページ)。

  この永遠の矛盾に人はいかに対するのか。矛盾への対峙さえ放擲し「無事に生きる」のか、それとも忍耐強く「歩行」をあきらめずに進み続けるのかが問われているのだ。ときにはニヒリズムを笑い飛ばして「踊る」ことがあってもよいと思う。

59.反照者たち

 憧れの感情は心に一条の光となって生きる動力となる。それはロールモデルの底辺にも存在する。憧れの対象に向かって投げかける光線は穏やかだ。

 それに反して自己が投げかけた光線が衝撃の反照となることがある。それは自己の根底を照らす光の束であり、心の内奥にまで入り込む。反照者は書物の中で知った人であったり、実在の人で知遇を得た人である場合もあろう。

 縁を得た人は幸いである。反照者と現存できるからだ。逆にそういった縁を結べなかった人は、他者によるインスパイアなく生を終えるが、だからといってそれが不幸であるとは断じえない。

  反照者とはいったいどのような人なのか。返答に窮する。なぜならば、それはまさに人さまざまだからである。 

 反照者に共通しているのは「十字架」を背負っているということである。クライム(犯罪)ではなくスィン(罪業)を背負っている。生死のはざまで対峙する単独者。そこには、非・反権力、非・反権威を貫く姿がある。

  辺見庸は、世にいう偉人たち(次記)と少し位相の違う位置から、反照する人びとがいることを、私たちに気づかせた。 

自責の単独者 :鹿野武一、石原吉郎、菅 季治

孤絶の人   :シャラーモフ、マンデリシュターム、小山俊一、(フランクル) 

自死願望で生きた人 :尾形亀之助、弾誓上人、(「バートルビーハーマン・メルヴィル作)

   

  上記以外の、「反照」する人びと。

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孤高の人

  良寛加藤文太郎キルケゴール

アナキスト

  クロポトキン 深沢七郎 幸徳秋水 大杉栄

求道者

  シモーニュ・ヴェイユ  トルストイ  空海 

ニヒリスト

  ニーチェ  武田泰淳

純真直情の人

  ゴッホ  ガンジー  大道寺将司

芸術至上主義者

  モーツアルト ピカソ ベートーベン ランボー 紫式部 谷崎潤一郎  芭蕉

反抗と愛の人

  イエス   

知の巨人

  マルクス  ヘーゲル ソクラテス プラトン アリストテレス ルソー アインシュタイン 南方熊楠  ゲーテ

 

革命家

  チェ・ゲバラ  トロツキー  レーニン  ルター  インディラ・ガンジー

悟達の人

  老子  荘子  釈迦   

愛の実践者

  マザー・テレサ  ヘレン・ケラー  

 

 重要なことは、無名でも反照する人は少なくないということである。

 

 

 

 

58.十字架

 石原吉郎はふつうに生きることを否定した。生きていることがむしろ不正常だという考え方が、経験的にも彼にはあった。石原という非生産的でネガティブな人、あらかじめ緩慢な自死を定められてきた人―。知る限りで何人か思い浮かぶけれど、たとえば尾形亀之助がそうだったのではないか。(中略)

 ただ、尾形の正確な末路はよくわからないけど、いわゆる自餓死と言われている。ハーマン・メルビルの『バートルビー』にも喩えられるかもしれないが、そのバートルビー的なものが石原にもまったくないわけではなかった。(中略)

 「私が理想とする世界とは、すべての人が苦行者のように、重い憂愁と忍苦の表情を浮かべている世界である。それ以外の世界は、私にはゆるすことのできないものである」ということを彼は言う。

辺見庸『もう戦争がはじまっている』河出書房新社、2015年、236―237ページ。)   

 

 人にとって「十字架」とは何か。イエス・キリストの「受難」そして「磔刑」に象徴される十字架ではあるが、十字架はイエスの受難だけを意味するだけでなく、ひろく人間に共通する罪業にかかわることである。イエスは人類の罪業を「すべての人に代わって」一人で引き受け、そして「磔刑」にあった。そこからキリスト教が生まれキリスト信仰が全世界に広められたのだが、その後、イエスの教えの異元化が世界中で行われることになろうとは。

 人が生きていくうえで、受難が不可避で宿命的であるとさえいえる。人間関係や人間社会、国家がもつ(もたざるを得ない)権力や権威は、個々の人びとの自由を制限し奪い去る。基本的な権利を侵す。人は何らかの罪を犯さない人はいない。クライムとスィンは人が生きるうえで不可避である。そもそも人は、他の生を奪うことなく、また他を傷つけることなく生きるということはできないのだ。

そのような意味でも、人は十字架を背負っている。

 

 石原吉郎は、召集拒否(兵役拒否)をすすめられたがそれを拒否して応召し、情報要員として教育訓練を受けたのち満州にわたり関東軍に属した。

 その前にキリスト教の洗礼を受けているが、結果的に戦争に加担するキリスト教に対する批判的な目はもちえなかった。

 1945年、日本は敗戦。ハルビンで密告によりソ連軍に拘束され、戦犯者としてシベリアに抑留されるが、石原が戦争加害者としての認識をいつ、どのように銘記したのかは本人しかわからない。

 石原吉郎は述べる。「私は広島について、どのような発言をする意志ももたないが、それは、私が広島の目撃者でないというただ一つの理由からである。私は告発しない。ただ自分の〈位置〉に立つ。」と。敗戦後8年間のシベリア強制収容所での「均一化された繰り返される生死の境での日々」の体験からの発語である。

 これに対して逸見庸は「目撃していないから発言しないというのではなく、視えない死をも視ようとすることが、いま単独者のなすべきことではないのか。」と批判する。

 石原はそれでも「他の生を犠牲にしてしか生きられない人間の罪業」を犯してきた自責の念から告発しない単独者を貫いた(ジャイナ教との異同はここでは触れない)。

 

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石原吉郎の「自編年譜」より

1938年(昭和13年)23歳

 東京外語卒業。大阪ガス入社。キリスト教に関心をもち、住吉教会を訪ね、ここでカール・バルトに直接師事したエゴン・ヘッセル氏に会う。住吉教会にあきたらず姫松教会に移る。同教会でヘッセル氏より洗礼を受ける。

1939年(昭和14年)24歳。

 九月神学校入学を決意し、(大阪ガスを)退職。上京。ヘッセル氏のすすめにより、当時新鋭のバルト神学者の牧会する信濃町教会へ転籍。東京神学校入学の受験準備を始める。十一月集を受ける。ヘッセル氏から召集拒否をすすめられたが応召(ヘッセル氏はすでにドイツ本国からの召集を拒否しており、米国へ亡命した)。

 その後、石原は情報要員として軍事教育を受け、関東軍司令部に所属、満州へ。敗戦後にシベリアに8年間、強制収容され、1953年に帰還した。

 

 

57.講演会(1月30日)のこと

 辺見庸の右目が見えなくなった、体を激痛が走る、「エベレスト」にも最近は登っていない、という。右目は手術しなければならず入院は7日ほど。左目も問題ありとのことだ。

 今年の1月7日からのブログ「私事片々」は2017年1月23日でいったん途切れ、その後、再開されたものの1月25日にまた消えた(削除された)。

 それによると、労組の研修会には行き、片目で話したとのこと。だが、彼のブログの文章量は極端に少なくなり、以前のような「粘着性」は薄らいでいる。

 身近な家族が辺見から去って久しい。

辺見庸)「私は傷つけた人々に私だけの重い責任を負うている。それは事実だ。そこから逃げようとはしていないし、ごまかそうとも思わない。家の問題は大したことがなく、世界の問題は重いから二者を分離し、前者を語らないというわけではないのだ」。(『自分自身への審問』毎日新聞社、2006年。173ページ)。

   不自由な体では歩くこともままならない。ときにマックでダブルチーズバーガービッグマックを食べ、又は定食屋に行き、喫茶店でしばしくつろぐのが精いっぱいであったのだ。

 昨年12月5日、八重洲ブックセンターでの講演が無事終わった後、辺見の体調は悪化していった。

 死刑制度に関する朝日新聞からの取材に応じたものの、記事の内容は辺見が答えたものと程遠く貧寒たるものだった。劣悪な見識の持ち主の米国大統領就任、国内では共謀罪の国会可決への動き。それ以外にも彼自身の諸事情もあるだろう。

 それでも今月30日の新宿での講演会には予定通り行くと辺見はブログで書いている。

『1★9★3★7』を書きあげ、彼としては思索・著作活動の「総括」をしたとの思いがある一方、情況への憤怒を表現しないわけにはいかないのだろう。それは体調や年齢を超える陰熱によるものかもしれない。 

 辺見庸は10年ほど前には、人前で語ることについて次のような感慨を持っていた。彼らしい気概と照れが交錯している。

 私ひとりのこととしては、羞じどころかそこはかとない頽廃の臭いさえ嗅ぐこともあった。大勢の人を前に一段高いところからひとしきりなにごとか偉そうに話す自分に、だ。旧年はそれが堪えがたいほど多くつづき、私は聴衆に向かって声張りあげては内心「なんてこった」と声なくおのれを呪い、回を重ねるごとに厚顔の度を増す一方で、少しは静かにまつとうに生きたいという私なりの気組みがいやな音をたてて崩れていくのを感じていた。

 聴衆が私の話に昂揚しはじめれば、私は彼らの高ぶる心の波をさらに高ぶらせようと案をめぐらし、それが奏功したりすると怪しげな快感のようなものすら覚え、内心かえってぞっとしたこともある。私は自分が年来もっとも軽蔑していた口舌の徒になりさがっていた。

 それでも人前で話すことをやめなかったのは、いいわけめくけれども、古くから胸底にこびりついていた二つの沈黙の言葉が異常に発酵して体内に充満し私をいらだたせたからでもある。

『記憶と沈黙 辺見庸コレクション1 』毎日新聞社、2007年、182-183ページ。

  だが、2007年、新潟での講演中に脳出血で倒れて以来、治療を受けながら懸命のリハビリに努め、体力・気力を回復させてきたものの、後遺症は容易に治癒しないどころか徐々に彼の心身は弱っていった。ブログからはそう読める。

  今月1月30日に新宿紀伊国屋ホールで開催される講演会については少し様子が異なる。

 紀伊国屋ホールでの講演会、彼の姿を一目見て、そして話を聞きたい人は少なくないだろう。しかし、『1★9★3★7』を「なめるように」読めばいいのだ。『死と滅亡のパンセ』『明日なき今日』『国家、人間あるいは狂気についてのノート』などを再読すればいい。

 昨年春に他界した彼の母親(「昨春の母の他界(2017/01/13のブログ「私事片々」)も、辺見庸が早く会いに来ることを決して望んでいないはずである。

 

56.賛意、同感の表明

  辺見庸の批判は身体を賭けた批判であり「剛速球」であるが、一方では、賛意を表し、または高く評価している人や作品はある。これにより辺見庸の思考の骨組みが見えてくる。

 辺見庸が自分の著作の中で、一定以上の字数または言及する頻度(表現された語に込められたニュアンスがそれに加わる)で、人や作品を以下の4つのカテゴリーで考えてみよう。

 辺見庸による賛意や評価は、作品の芸術性そのものでの文芸評論だけではなく、その人、または作品の基底に流れる思想や生きる姿勢についての辺見庸の認識として表現されたものにもとづくものであることをお断りしておきたい(なお、それぞれについての言及内容は別途記していくのでここでは掲げていない)。

  1. 全面的といってよいほど賛意を表し、高く評価または同感している。そして非難するべき点の記述はない。                

   武田泰淳

    プリーモ・レーヴィ

   ジョルジョ・アガンベン

   大道寺将司

2)強く賛意を表し・高く評価しているが、批判点が少し記されている。  

   堀田善衛

   丸山眞男

   石原吉郎

   吉本隆明

   石川淳

   太宰治

   埴谷雄高

   柄谷行人

   永井荷風

   高橋哲哉

   ノーム・チョムスキー

   カール・マルクス  

 

3)特定事項について賛意を表し、評価している。 

   藤田省三

   夢野久作

   芥川龍之介

   串田孫一

   舟戸与一

   市川浩

   日高敏隆

   坪井秀人

   夏目漱石

   沼沢均

   田中克彦

   ベルトルト・ブレヒト

   シモーヌ・ヴェイュ

   ハンス・マグヌス・エンツェンスベルガー(『意識産業』)

   レジス・ドゥブレ

           ハーマン・メルヴィル (『バートルビー』)

   ジョージ・オーウェル(『1984年』)

   ヴァルター・ベンヤミン(『暴力批判論』)

   ジル・ドゥルーズ

   ジャン・ボードリヤール

    

4)賛意を表し、評価しているが、批判するべき点はやや厳しく批判している。

   小林秀雄

   野間宏

   高橋和巳

   原民喜

   アルベール・カミュ