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辺見庸 研究 ~内宇宙への旅~

辺見庸の発言は、ときに「荒れ球」や「魔球」もあるが、「剛速球」が身上である。その根源にある思考とは何か。

10.辺見庸による批判

 ノートを繰っていたら、誰によるものかは不明であるが、次のような文章がみつかった。 

「現実の中で否定し、破壊すべきは、我々の生の現実を支配する権力であり、その権力を支える社会体制であり、その体制を生み出す社会の資本制的な構造である」。「我々が肯定的に確保するのは、我々の生命を生かしうる現実であって、実際には、現実の構造はそこを痛めつけるような仕方で存在しているのだから、我々が構築する思想は、その現実の構造に対して否定的に切りこむこと以外ではありえない」。

 本来は「我々」ではなく「私」という「個」を徹底してその主体になるべきなのだが、いずれにせよ上記の文は正鵠を射ている。

 批判ばかりしていて代案を示さないのは無責任ではないか、という言葉をしばしば耳にする。だが、私(たち)の生命・身体・財産・権利そして尊厳までも侵してくる構造に取りこまれたくはない。創造的な破壊は否定的破壊であり、現実(構造)を是認したうえでの破壊ではない。批判は現実およびその基礎の構造に対しなされるものである。歴史の記憶を無視し外交や徹底を等閑にしてひたすら「軍事的脅威」を煽り「挙国一致」の観念を喧伝する。その観念の基盤である現実の諸関係を批判していく。

 なお、自明の理といってよいが批判と非難とは異なる。

 批判も非難も、いずれも対象否定の点では同じようにもみえる。だが、非難とは、ある物事の問題点を責め咎めることであり、これに対して批判とは、ある物事(問題)の原因や理由を追求し、分析し、論証して、その結果を提起することである。

 批判は識別・評価を伴う。主観的な識別ではなく、客観的な分析・考察がなされ批判としての質(水準)は高まり、さらに反証・反批判によって限りなく「真」に近づく。

 そこから導き出される課題は、主体が自他を批判的に見極めつつ「非難」から「批判」へと発展させられるかどうかである。

 辺見庸による主な批判対象は、戦争、天皇制、死刑制度、経済、原発、そしてそれらに関連する権力、マスメディア、不当な言論である。

 さて、辺見は、誰に対してどのような批判をしているか?そのことから浮かび上がってくるものは何か? これらによって辺見庸の感性、眼のありようの一端が見えてくるのではないかと思う。

 このブログでは筆者のあくまでも主観的な受け取りではあるが、辺見庸の思考の中心に少しずつでも近づくべく、彼による批判の対象と批判の要点について述べていく。そのまえにまず批判対象者の一覧を掲げることにしよう。 

 

~批判の対象~

 辺見庸の批判はすべて肯綮に中るものばかりであるだけでなく、いかなる権力・権威にも阿ることはない。遠慮がなく相手の如何によらず「直球」さらには「剛速球」を投げる。

 辺見の身体からの言葉が批判の言辞となって噴出している。その底には怒りが潜在していることを感じさせるのだが、決して批判は感情に走ることはない。観念論の批判ではなく対象の現実・具体を批判し、観念的な「舞い上がり」がない。

 辺見庸による批判は、批判対象の問題性の大小にかかわらず「真剣勝負」である。辺見庸は「分類するな」と述べたが、批判対象は多岐にわたり、そして批判される者をあえて分類すれば、「糾弾・唾棄されるべき者」「指弾されるべき者」「ある点での問題性が批判される者」「特定の共通項によって批判される者」「その他」に分けられると思われるこれらは、辺見の批判文章の背後から発する「怒り」(なかには「殺気」さえ感じられる)、または問題に対して断じて許さないとの気迫によるものによって分類項目の名称を付したものである。

 

 批判対象者を一括して掲げる。

~糾弾・唾棄されるべき者~

     ブッシュ

     オバマ

      天皇裕仁および天皇利用主義者

      小泉純一郎

       安倍晋三

       その他:林房雄麻生太郎阿川弘之三浦朱門橋下徹

~指弾されるべき者~

     谷川俊太郎

    「糞バエ」の記者達

      その他 :田原総一朗

~ある点での問題性が批判される者~    

      小林秀雄

   丸山眞男

        北原白秋

         谷川雁

      永井荷風

      太宰治

        江藤淳

        堀田 善衛

        石原吉郎  

     吉本隆明

     チョムスキー

     小田実

   *一部は「ペン部隊」と重なっている。

~特定の共通項によって批判される者~

  ペン部隊、大政翼賛者

  金子光晴

       毛沢東との会見者  野間宏大江健三郎 

辺見庸の父~

 

    註:批判対象者とその分類、記載根拠の適当か否かの責はこの研究ノートの筆者にあ

           る。批判内容については、別稿で順次記していく予定である。