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辺見庸 研究 ~内宇宙への旅~

辺見庸の発言は、ときに「荒れ球」や「魔球」もあるが、「剛速球」が身上である。その根源にある思考とは何か。

18.生きること、闘うこと   ~自省または自責、吐露(その2)~

 どのようなことに心惹かれるのか、何を身上とするのか、それらを辺見庸は、自己の「根生い」の上に知識と体験を糧にして育み定着させた。薄っぺらな倫理意識や観念世界だけの意識としてでなく血肉化しているのである。

 武田泰淳プリーモ・レーヴィジョルジョ・アガンベン、大道寺将司、そして、

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 掘田善衛、丸山眞男石原吉郎吉本隆明石川淳、ノーム・チヨムスキー、カール・マルクス等、これらの人から感銘を受けたことを彼ほど自己の精神に深く刻印する人は少ないのではないか。

 

 

 人間が不完全な生物であるが故の罪を認めつつも、「個」の内宇宙の自由の死守のためには、冷徹なまでに決断し行動する。そしてギリギリのところで人間と社会の可変性に賭ける。

 辺見庸の個人的な自省、吐露はリリシズムとは程遠いものである。それは大病のあとも変わっていない。

 

~生きること~

 「わたしはほんとうに死刑に反対しているのだろうか」という始原の問いからはじめなくてはならない……と昨日、正直に書いた。さらに自問してみる.〈わたしは死刑に反対すべきだとおもっているだけなのではないのか〉と。ひとは死ぬ.ひとはひとを殺す。かならず、いくらでも殺す。ひとはひとを見殺しにする。いくらでも見殺しにする。

 『いま語りえぬことのために―死刑と新しいファシズム毎日新聞社、2013年、182ページ。 

 

 

 石原吉郎はふつうに生きることを否定した。生きていることがむしろ不正常だという考え方が、経験的にも彼にはあった。 (中略)

「私が理想とする世界とは、すべての人が苦行者のように、重い憂愁と忍苦の表情を浮かべている世界である。それ以外の世界は、私にはゆるすことのできないものである」ということを彼は言う。

 (辺見庸『もう戦争がはじまっている』河出書房新社、2015年、236―237ページ)。

 

 ~闘いへの思い~

 一九三八年より不自由で、惨めで、不幸な時代がいまなのだ。(中略)いったい何が見える?何が聞こえる?私には何も見えず、何も聞こえはしない。闇と光と影の区別さえつかないならば“いっそ「暴動」は起きたほうがいい”。見わたすかぎり眩く明るい闇を破り、本来の漆黒の闇たらしめるために、試みにいっちよう大暴れしたほうがいい。顔を醜く歪め、声を思いっきり荒げて、これ以上ないほど整然とした街を暴れ回ったほうがいい。そうしたら、敵が誰か、仲間は誰か、背信者は誰かゞ真正の闇がどこに埋まっているか、そこを照らす光は本物かひょっとしたらやっとのことで眼に見えてくるかもしれない。私はこの点滴の管も、すべての延命のチューブもブチリブチリと断ち切って、縞のパジャマのまま裸足で病院を抜けだし、間ちがいなく惨憺たる敗北に終わるであろう一過性の痙攣のような暴動に、冷たい街路をずるずる這いずってでも加わるだろう。

 『自分自身への審問』毎日新聞社、2006年。のち角川文庫、2009年、184-185ページ。

 

 

 私は、そして読者よ、<時の共犯者>よ、後に虹の不首尾を知ったとき、内心なにを想ったか。臓腑をすっぽりなくしたような虚脱とともに、<虹よ、いっそ架かればよかったのに>と、一刹那なりとも無神経に考えはしなかったか。白状しよう。私は脳裡のスクリーンに派手やかな虹を架けてみたことが一再ならずあったのだ。もしもほんの一瞬間でもそう想ったのなら、私は、そして読者よ、<時の共犯者>よ、なにがしか落とし前をつけるべきではなかったか。少なくもあの夏の幻像を永久の烙印としてみずからの心臓につよく押しつけるべきではなかったか。私たちはそうはしなかった。ただ、紅い幻像をこっそりと愉しんだだけだ。風景の危うい核に入るのではなく、無傷で想念の遊びを安全な周縁で遊んだだけだ。そして、惨惜たる<いま>がある。<いま>は彼の言葉に怯え震えなくてはならない。

 『記憶と沈黙 辺見庸コレクション1 』毎日新聞社、2007年71ページ。