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辺見庸 研究 ~内宇宙への旅~

辺見庸の発言は、ときに「荒れ球」や「魔球」もあるが、「剛速球」が身上である。その根源にある思考とは何か。

25.天皇制 ~「贖神」する権利の行使を~

 先祖が朝鮮渡来人の豪族とする説がある日本の天皇であるが、天皇制が千年以上も続くなか、天皇自らが国の権力者として政治を行ったり、または時代の権力者たちが天皇を利用してきたという歴史がある。天皇ヒロヒトは、自身の戦犯者リストからの除外に腐心していた。彼は、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)による戦後日本の統治戦略の一環としての天皇制存続を察知し、「渡りに船」とばかりに非武装や戦争放棄国民主権などを含むGHQの新憲法制定への意向に全面賛成した。

 

 天皇ヒロヒトは、アジア太平洋戦争の責任(侵略による大量虐殺や敗戦時期の引き延ばし、原爆投下や集中的空爆などによる膨大な数の犠牲者への責任)を回避し、連合国(実質は米国)にひざまづき、自らの延命を図り、国民に謝罪することなく象徴天皇の名のもとに、時の国家権力(君側の奸)に利用されながら存在し続けたのであった。

 基本的人権にもとづく個の主体性を発揮し「市民」として戦後の社会をつくっていく過程では、発生する矛盾や問題点を民主的に討議し打開していくのが基本であるにもかかわらず、未だに天皇制が存続しているという災厄に国民はみまわれている。天皇制のもとで諸矛盾や問題克服が「溶解」してしまう。個人主義がいつまでたっても育まれないのだ。だから「皆が、いつまでも平和で健やかであることを祈念します」なんて屁みたいなことを繰り返す天皇に、「そうだ、その通りだ」なんてつい思ってしまう者が出てくるのだ。

 

 人間(国民)であれば問われる罪が多いのに、象徴としての存在(住民登録も納税もしていない)としてまつり上げられた天皇は、「ずる賢く」生き延び、その子も保身をきめこんでいる。

 そんな「天皇制」の問題性は多くの人びとに認識されているにもかかわらず、天皇制に関する憲法条文の改定は手つかずのままだ。

 戦犯ヒロヒト天皇制の護持は、戦争で亡くなった日本人だけでなく、朝鮮人、中国人をはじめアジア諸国民を裏切るものである。ヒロヒトの姑息な命乞いを許してしまって、本当によかったのか。

 

 死刑制度と天皇制と侵略戦争の歴史の3つを日本のマスメディアはタブー視している。民主主義社会の成長・成熟のために「贖神」する権利の行使を認識し本格的な論議が求められる。

 

 日本占領連合軍の最高司令官のマッカーサー元帥に対して、第44代内閣総理大臣幣原喜重郎は次のように言った。

「非武装宣言ということは、従来の観念からすれば全くの狂気の沙汰である。だが今では正気の沙汰とは何であるということである。武装宣言が正気の沙汰か」。「要するに世界は今一人の狂人を必要としている。ということである。何人かが自ら買って出て狂人とならない限り、世界は軍拡競争の蟻地獄から抜け出すことができないのである。これは素晴らしい狂人である。世界史の扉を開く狂人である。その歴史的使命を日本が果たすのだ」。

  マッカーサーもおおむね承知した草案を、内閣総理大臣幣原喜重郎が持って行ったところ天皇はそれを受け入れるとともに「徹底した改革案をつくれ。その結果天皇がどうなってもかまわぬ」と言った。

(鉄筆編『日本国憲法 9条に込められた魂』鉄筆文庫、2016年)。

 「天皇がどうなってもかまわぬ」とのヒロヒトの発言の意図や真偽や背景はいっさい不明である。ただし天皇ヒロヒト内閣総理大臣幣原を推していたとの説があるのは紛れのない事実である。:ブログ筆者註)。

 これで非武装方針が決まり、同時に当初連合国による戦犯リストに挙がっていた天皇ヒロヒトの名がマッカーサー元帥によって外されたのであった。

 

 これは、第44代内閣総理大臣幣原喜重郎への1951年に実施のインタビュー録で、そのタイトルは『幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について』である。発行は憲法調査会の事務局であり、上記の本はそのインタビューの内容を全文掲載したものである。インタビューアーは当時の衆議院議員平野三郎氏。

  

 辺見は述べる。

 「天皇制を維持するために武装しない、非武装を宣言するということだったのではないか。どうもそうとしか考えられないようなところがある。いわゆる先回りの形で[死中に活]を持ち出して(ママ) 、日本占領連合軍の最高司令官で占領政策全般を統括していたマッカーサー元帥に驚きを持って(ママ)受け入れられたというわけです。おまえさん達の方から言うのかいと」。

 出典:辺見庸講演会実行委員会編『4.3 辺見庸大阪講演会 怒りと絶望は、どのように表現するべきか ー「戦争の時代」のたちいふるまいについて』辺見庸講演会実行委員会、(20ページ)。(講演会は、2016年4月3日に開催された)。

 

 怯えを隠さず表現すること、それは断じて怯儒ではない。怯えの根源を徹底的に解析し、体内の抑止機制を徐々に解体しなければならない。それは、とりもなおさず、象徴天皇制下における途方もない暴力の存在を明らかにすることになるだろう。口先で、寺ちようちょうやくたい「表現の自由」を喋々するだけなら、この益体もない憲法違反列島においては、昼下がりの茶の間で一発ケチな屍をひるくらい、造作も意味もないことなのだ。

 『永遠の不服従のために』毎日新聞社、2002年、46ページ。

 

  原爆投下に関する昭和天皇の言葉(一九七五年十月)もまた、いまでも考察にあたいする軽みがあると言わざるをえません。「原子爆弾が投下されたことに対しては、遺憾には思っていますが、こういう戦争中であることですから、広島市民に対しては気の毒であるがやむをえないことと私は思っています」。これでは言うまでもなく、「アカクヤケタダレタニンゲンノ死体ノキミョウナリズム」と、釣り合うことも連なることもつながることも舫いあうこともないのです。

 『瓦礫の中から言葉を わたしの〈死者〉へ』NHK出版、2012年、118-119ページ。

参考(検索Word)昭和天皇の原爆投下に関する発言:Youtube 1975年10月31日」

 

 日本の言説のだめさかげんが集中的にあらわれているのは憲法第一章であるような気がするのです。前文の次、第一章は天皇なのです。そんなばかな話がどこにあるのか。主権在民をうたう憲法の第一章がなぜ天皇でなければならないのか。第二章第一条〔天皇の地位・国民主権〕。「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって」、ここまでは一万歩讓歩したとしても、この次はどうしても私は肯定することができない。「この地位は」、つまり天皇の地位です、「主権の存する日本国民の総意に基く」。私個人としてはそんなことを承認したおぼえはまったくない。私は現天皇になんの恨みもありません。どちらかというと、さきほどらい語ってきた男よりも、よほどいまの天皇のほうが平和主義者だと思っています。しかし、それとこれとは別です。「日本国民の総意に基く」ですって?冗談ではない。だれが決めたのだ。

 『いまここに在ることの恥』毎日新聞社、119-120ページ。