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辺見庸 研究 ~内宇宙への旅~

辺見庸の発言は、ときに「荒れ球」や「魔球」もあるが、「剛速球」が身上である。その根源にある思考とは何か。

33.SEALDs 再考

 辺見庸は、なぜ「SEALDs」(自由と民主主義のための学生緊急行動 )に批判的だったのか? 

 あんなものをデモンストレーションというのなら、私も昨年来、何度か有事法制反対の「デモ」なるものに参加し、かつてとの様変わりに驚き、砂噛む思いどころか鳥肌が立つようなことも経験した。いったいどんな意味があるのか、動物の縫いぐるみを身にまとった者や看護師に仮装した男が先頭で踊ったり、造花を道行く人に配ったり、喇叭や太鼓を打ち鳴らしたりという「デモ」もあった。あれが今風なのだといわれても私にはわけがわからない。示威行進のはずなのに、怒りの表現も抗議のそれもさほどではなく、なぜだか奇妙な陽気さを衒う、半端な祭りか仮装行列のようなおもむきのものが少なくなかった。児戯、滑稽、無惨、あほらしさ、恥ずかしさ、虚しさ……。いっそ隊列から抜けだしてしまいたい衝動に何度もかられたが、そうしなかったのは、有事法制反対の声のヴァリエーションは、私の声調から彼らの声調まで無限にあって当然であり、不快は不快でも、さしあたりはそれらの声を重ねたりつなげたりして少しでも大きくせざるをえないという考えからであった。

 『いま、抗暴のときに』毎日新聞社、2003年。のち講談社文庫、2005年、18-19ページ。 

  「抗議、デモ、抵抗、反抗、ストライキ、反乱、騒動、紛争、闘争、反逆、抗暴、叛逆、一揆、動乱、暴動、叛乱、内戦、革命」。

 これらに対して、「懐柔、反動、統制、排除、鎮圧、弾圧、禁圧、制圧など」が行われる。暴動には、警察、機動隊が出動し、最終的に内戦状態になると軍隊(自衛隊)が鎮圧してくる(光州事件:1980年))。それでも鎮圧できなくなると、攻防は一進一退を繰り返し、やがて内乱状態に陥りクーデターや革命運動へと進むことになるとされた。

 だが、デモで死者や多数のけが人が出る叛乱に至る前に、実際は、アイロニズム皮肉主義)、シニシズム冷笑主義)、虚無主義、事なかれ主義、傍観的利己主義、敗北主義、諦観主義、ペシミズム、オプティミズムなどとの戦いがある。主知主義的「議会民主主義者」たちは、権力の暴虐への民草の怒りが高揚しているにもかかわらず「節度」にこだわり、非暴力、組織防衛、多数決民主主義を唱える。

 そのようななか、情勢を見据えながら、権力は防衛のための諜報活動を展開し、それを支援するかたちで意識産業としてのマスメディアが「懐柔」「減殺」工作を実施する。ときには、権力側にたって抵抗、反抗を「抑圧」する。 

 やはり、デモの「量」をやみくもに競うのではなく、試行錯誤しつつひたすら反戦の「質」を求めてこそ思想の視界は開けてくるのではないか。ここでいきなり「帝国主義戦争を内乱へ」とでもいったら、臭い冗談と失笑されるかアナクロニズムと叱られるのがオチだろう。が、米国の侵略戦争に肩入れする自国政府と具体的にかつ徹して闘ってこそ、反戦の「量」はより味わい深い「質」へと向かうだろうと私は考える。

『いま、抗暴のときに』毎日新聞社、2003年。のち講談社文庫、2005年。39ページページ

 

 十年くらい前に『世界』という雑誌に「抵抗はなぜ壮大なる反動につりあわないのか」という原稿を書きました。有事法制に揺れていた時期です。ぼくは学生をつれてデモに行ったりしていた。そのデモは、数十年前の抵抗を知っている我々からすれば、屁みたいな小っちゃなものでした。これほどの事態が起きているのに、抵抗の質と規模はこれほどのものでしかないのかと残念に思った。しかし振り返ると、いまの十倍くらい大きな規模でした。そのことを書いたら、ピースアクションの主催者だかに誌面上で反論されました。極左あがりが何を言っているんだという調子で、あまりにお粗末な感性だった。

『絶望という抵抗』辺見庸佐高信、金曜日、 2014年。164-165ページ。

  21世紀の政治改革は、イデオロギーを主軸にするにはその基盤が大きく変化してしまった。古典的な政治経済学が適用されるには、あまりにも基盤の液状化、空虚化が進んでしまっているのだ。

 今や政治に企業社会論理が公然と組み込まれている(米国をはじめ全世界的な兆候としてとらえられる)。それによって国家・社会経営がなされ、平和がリスクマネジメントの対象になっている。良くも悪くも「政治」が弱体化してしまっている。そしてそこでの「民主政治」は、業界としての多数政党政治社会への間接的・被統制的な関与システムとして稼働しているのである。

 憲法番外地」である企業(佐高信)が主導する社会に陥ってしまった政治。それが公然と民衆を統治する。「高度資本主義とは、人間生体にとって、外在するシステムであると同時に、内在的な、心的メカニズムにまでなってしまっている(辺見庸)」のだが、それと同じ現象が、人々が平和と公正に生きることを目的とする政治にまで浸透しているのだ。

 しかも、それに加えて、情報消費市場経済におけるバーチャルリアリティ化が急速に進展している。ならば日常的には、企業社会化した政治情勢に平和と公正の評価識別、それを情報共有行動として突き付ける。そのうえで企業社会的政治状況における、いわば労働者の「抵抗」運動としての「民主化」運動や「抵抗」運動を、権力と刺し違える気概で展開する。政界改革戦略の策定は、それらを見据えながら着々と進められていくのである。

 現在の資本主義も安倍政権も野蛮で残酷で非情です。一方で、あれっぽっちの中身を大江健三郎がメモを見ながらスピーチをする。毎度おなじみの景色でしょう。それを見ているだけで、ぼくはだらけてしまう。中身が欠けているんです。自分たちがどれだけ身体を担保するのかが、決定的に欠けている。歳をとって体もよれよれで頭もぼけかかってますが、自分たちは格好の悪い駑馬なりにやるだけやって、あがきまわって散ります。そういう謙虚な態度がこれっぽっちもないでしょう。昔がよかったと言っているわけではなく、もっと尖った不穏さ、個人的に身体を担保した何かがなければかえって不健全だと思うんです。希望も絶望もまったくないというのは、この不穏さのない、ペラペラの健全さです。それは不健全なのです。

『絶望という抵抗』辺見庸佐高信、金曜日、 2014年。167-168ページ。

 

  

埴谷雄高はかつてみずからが加わったデモについて「大きな愉悦から苦い自覚に至るまでの怖ろしいほど幅広いあいだに含まれている数知れぬ〈相反する気持〉を殆んど数歩ごとにつぎつぎと転変させながら……」(「六月の〈革命なき革命〉」『罠と拍車』未來社)歩いたのだと、じつに的確に表現したことがある。もっともこれは全国で連日、数百万単位の人びとがデモに参加した日米安保阻止闘争の最高潮時、しかも国会突入時の心象を語っているのであり、「愉悦」もまたむべなるかな、なのであった。

 いま、デモにおける「大きな愉悦」など望むべくもない。抵抗の水位が下がっているどころか、まるで干潟のようなところで闘わざるをえないのだから。あるのは「苦い自覚」のみである。しかしながら、抵抗の規模がどうあれ、「愉悦」などという独り善がりというか錯覚よりも、「苦い自覚」のほうが、抗議行動のいかなる局面にあってもよほど大切なことではないだろうか。往時、しばしば勘ちがいしてデモの「愉悦」に浸ったこともある私などは現時点ではそう痛感している。なまじいつとき「愉悦」や「至福」などを感じていたから、この国の抵抗運動は今日のていたらくとあいなったのではないか。逆にいえば閑散とした集会場所で犬の糞を踏む虚しさこそがたしかな感覚なのだ。それでも抵抗を諦めない、いわば〈虚しさを底に溜めた冷めた意思〉のほうが、いつにあっても、「愉悦」よりは正確であり、ときに戦闘的になりうるのである。

 それにしても、昨今のデモのあんなにも穏やかで秩序に従順な姿、あれは果たしてなにに由来するのであろうか。あたかも、犬が仰向いて腹を見せ、私どもは絶対にお上に抵抗いたしませんと表明しているようなものである。埴谷は別の文章「デモについて」(前掲書)のなかで、デモが「自己消費的な惰力」となって本来の目的性を失うことを戒めている。彼はデモの暴走について述べているのだが、このところのデモでは、数少ない戦闘的例外を除けば、暴力よりはるか以前の自己消費と自己満足、小さな愉悦のようなものが鼻につく。まったく魅力がないのだ。なぜあそこまで「健全で穏和な市民」を装い、非暴力と無抵抗を誇る必要があるのか。武断政治を旨とする巨大国家の途方もない暴力を前にして、ジョン・レノンやらPP&Mやらの底の浅い感傷など米英列強の暴虐に対する別の意味の肯定のようなものですらある。埴谷雄高はデモの渦にあって、「明るい積極的な歓喜の面」よりも「暗い陰熱ふうな憤繊の面」のほうに大いに惹かれたという。

「陰熱」とはなにか。何十年も埴谷の言葉につきあってきたけれども、わからない。ただ歓喜より感傷より、陰熱を私も好む。おそらくはひどく醒めた殺意に似た心意をいうのではないだろうかと勝手に見当をつけて、陰熱を私も体内に育てている.その意味で、イラク攻撃と有事法制に反対するあらゆる表現はもっと冷静に戦闘化すべきだと私は思う。

『いま、抗暴のときに』毎日新聞社、2003年。のち講談社文庫、2005年、20-22ページ