読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

辺見庸 研究 ~内宇宙への旅~

辺見庸の発言は、ときに「荒れ球」や「魔球」もあるが、「剛速球」が身上である。その根源にある思考とは何か。

52.破局 滅亡

 

 歴史が、突如、激しい痙攣を起こした。それを前にしては、いかなる作家や哲学者の、どのような表現も、凡庸のそしりをまぬがれないほど、光景は、突出し、ねじれ、熱し、歪み、滾り、かつ黙示的でもあった。痙攣は、局所性のものか、それとも全身性のものなのか、そもそものはじまりには、しかとはわからない性質であったのだ。
 けれども、局所痙攣のさなかから、それがいずれ世界の全域におよぶのではないかと、なぜか多くの者が感じとり、震えおののいた。すなわち、世界のカタストロフィの予感である。過剰な反応だったであろうか。何人も、だが、杞憂と一蹴することもまだできないでいるのである。長期的に展望するならば、全的破局の予感は、案外にまつとうな歴史的直観だったかもしれないのだから。自爆テロと巨大構造物の崩落によるものすごい煙塵で、世界が満目不気味に霞むなか、いずれにせよ、なにか途方もなく不祥なものが、むっくりと起きあがったことは事実なのである。

 『単独発言 99年の反動からアフガン報復戦争まで』角川書店、2001年。のち角川文庫、(『単独発言 私はブッシュの敵である』2003年)、9-10ページ。 

 

  文明の発達が人々に利便性と長寿と安定をもたらした一方、人口は急激に増加し、文明はそれへの対処ができなくなっている。  

 そのことに人類は気づき始めたものの、平和裏での人口を賄う術を未だ見いだし得ていない。ならば外的要因によるしかないのかと思い始めたのか。全的滅亡は望まないが部分的滅亡、破局は黙認する。 

 世界が滅亡してしまうという脅威です。核兵器や世界の滅亡をもたらす兵器の発達、環境破壊、資源の枯渇、そして温室効果。さまざまなものが脅威をもたらしています。われわれは自分たちの住む場所やひいては自分自身も破壊してしまうのではないかと感じるようになってきています。世界が滅亡するという脅威はわれわれの死への向き合い方、そして人類の永遠性という考え方に大きな影響をあたえています。

『不安の世紀から』角川書店、42ページ。

 

 土台、生きていること、平和で安心できる生活なんて、そのための条件がなんとかそろったからこそ成り立っているにすぎない。ましてや楽しいこと、感動することなんて、そのための条件がめずらしく偶然整ったときにあらわれる稀な出来事である。破局と滅亡、そして死が常態なのである。

 だから破局とか滅亡を声高に唱えることは、破局・滅亡が必至であって、その到来が延期されていると言っているだけなのだ。    そのことからすれば楽観主義者なんてロボトミー手術の術後のごとく、能天気になっているに等しい。

 人類に未来はあるか。それとも人類は滅亡に向かっているのか。利己的遺伝子をもつ動物としての人類に、種の保存の原則は現実問題として通じるのか。種を維持しようとするシステムがじつはないのではないか?天変地異・災害、疫病、原水爆を使用した戦争などにたいする「正常性バイアス」が作動するなか、結果的に人類滅亡は遠くないとする声が次第に多く聞こえるようになった。いま、核弾頭四万個を筆頭に、スマート兵器といわれる精度抜群の通常戦力から地雷、小銃まで、郵便ポストの数よりはるかに多い新旧の武器が溢何を語り、どうとりつくろおうとも、われわれは兵器と兵器のあわいで、踊りを踊っているに過ぎない。 

『眼の探索』朝日新聞社、1998年、61ページ。 

  

 悪魔のシナリオの草稿は書き終えられた。いまはそれが、いつどのように演じられるか(「到来」するか)を待っているのだ。

 頭では分かっていても生体は「生」にこだわる。希望を捨てきれない。こうなれば「いつ死んでもいい」と思えるようになった人こそ幸いというべきなのか。

 

 これまではこの先になにかが待っているのではなかろうかと心の端で期待したからこそ、悪心に堪えてきたのではなかったか。まつたき破局とかまったき崩壊とかを、正直心待ちにしてきたのではなかったのか。そんなことはないのだ。破局も崩壊も再生も復活も新生も待ってはいない。破局も崩壊も再生も復活も新生も、じつは、すでにして終わっているのだ。
 この先にはなにも待ってはいない。この道理がわかるまでに、半世紀以上もかかってしまった。なにも待ってはいないということわりを知るために生まれ、六十年以上ひたぶるに待ちつくし、結果、なにも待ってはいないという結論をもって死ぬる。徒労のようでいて、これはかならずしも徒労ではない。

『たんば色の覚書 私たちの日常』毎日新聞社、2007年。のち角川文庫、2011年、79ページ。

破局

 断絶封鎖、消耗戦最終局面(全面撤退・敗戦・終戦、)、デフォルト(国家債務不履行財政破綻)、通貨破綻(ハイパーインフレ)、大規模自然災害、同時多発原発事故、大規模細菌蔓延。再生のための仕切り直しや出直しなど追い詰められたシャッフルが講じられる。多大の痛みと損失が発生。存続はあり得るが、「滅亡」にいたる「序章」でもある。

全的滅亡

 再生可能性が皆無な滅亡。巨大隕石・惑星衝突、太陽異変、ブラックホール接近、核兵器全面戦争。超悪性細菌感染症の世界中への蔓延、オゾン層破壊、地球凍結……。

 いつの日か人類が滅亡する日が訪れる。明日かもしれないし数十年、数百年、数千年、数万年先かもしれないが、その時は必ず来る。そのことは覚悟しているが、たぶん明日ではないだろう、自分が生きている間には起こることはないだろうと、ほとんどの人はそう思っている。