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辺見庸 研究 ~内宇宙への旅~

辺見庸の発言は、ときに「荒れ球」や「魔球」もあるが、「剛速球」が身上である。その根源にある思考とは何か。

67.辺見庸:感覚の最深部

 透徹した思索者の一人として、辺見庸は、現行憲法の改定に断固反対し、天皇ヒロヒト戦争犯罪を厳しく指弾する。また、このままではファシズムの危険および人類滅亡が必至であると警告している。さらに、いかなる場合でも(たとえ南京虐殺の首謀者であっても)死刑には絶対反対である。確定死刑囚の大道寺将司の詩作(句集)も支援してきた。 身体(肉体)を賭けた闘いを是とし、自らの「暴力」も容認(世界全体から集中してくる「殺す力」に抗していきるためには「暴力」が必要、とのことであろう)。

 辺見は、人倫、誠実こそ、基本的に、生きるうえで必須のことであるとも述べる。

  だが一方で、反・等価性が貫かれていないと訝られてしまうのである。

〇麻薬常用者である超一流のジャズトランペット奏者チェット・ベイカーを評価。

〇東京足立区立中学校での講演で、生徒の質問に「女を買ったことがある」と答えてい

る。その他、サイゴンでのこと、カフェ・ダフネでのことなど。

〇軍隊にいれば(実時間のことであれば)自分も人を殺し、慰安婦との行為に走っていただろうと述懐。

 性をフィジカル面に偏ってとらえ、生や人間存在でのトータル面でとらえきれていない面がある(太宰治『満願』の描写への理解、吉本隆明河野多恵子などとの対談内容、陽根やSquirting描写、チェルノブイリでの男女の表現、黒人の性に対する視点、「あの黒い森でミミズ焼く」)。

 これらのデカダンスないし下降志向は、少年期に彼が故郷石巻で、大人たちの妖しくもむき出しの性の態様を目撃したこと、そして彼の父親とのことがトラウマ(A)になっていると推察できる)。

 辺見はけっして無頼派を気取っているのではない。資本と情報によってふやけてしまう「生体」を拒否し、マチエールを重視する(多種偏りはあるが)「生」そして「性」を心底から求めているのだ。

 「品行」はいざしらず「品性」は透明で輝いている

 ところで、「突き抜けられなかった自分」、これが彼のもう一つのトラウマ(B)になっているのではないかと考える。

  Ⅰ

 大逆事件については石川啄木の第二詩集『呼子と口笛』も読むには読んだが、宮下太吉を描いた「彼の遺骸は、一個の唯物論者として/かの栗の木の下に葬られたり。/われら同志の撰びたる墓碑銘は左の如し、/『われは何時にても起つことを得る準備あり。』」(「墓碑銘」)などの詩行には真っ直ぐすぎてついていけなかった。なにやら畏れ多くもあった。というより、私は正直なところ権力に対しのべつ腰が引けていて、何時にても起つことを得る準備なし、だったのだ。

辺見庸『言葉と死 辺見庸コレクション2』毎日新聞社、2007年、153ページ。

 大道寺将司とともに早晩あの夏の記憶も完全に消されることをうすうす知りつつ。いやはや巧みなものだ。卑劣なものだ。私は、そして読者よ、〈時の共犯者〉よ、後に虹の不首尾を知ったとき、内心なにを想ったか。臓腑をすっぽりなくしたような虚脱とともに、〈虹よ、いっそ架かればよかったのに〉と、一刹那なりとも無神経に考えはしながったか。

 白状しよう。私は脳裡のスクリーンに派手やかな虹を架けてみたことが一再ならずあったのだ。もしもほんの一瞬間でもそう想ったのなら、私は、そして読者よ、〈時の共犯者〉よ、なにがしか落とし前をつけるべきではなかったか。少なくもあの夏の幻像を永久の烙印としてみずからの心臓につよく押しつけるべきではなかったか。私たちはそうはしなかった。ただ、紅い幻像をこっそりと愉しんだだけだ。風景の危うい核に入るのではなく、無傷で想念の遊びを安全な周縁で遊んだだけだ。そして、惨惜たる〈いま〉がある。〈いま〉は彼の言葉に怯え震えなくてはならない。

 辺見庸『記憶と沈黙 辺見庸コレクション1 』毎日新聞社、2007年、71ページ。

Ⅲ 

(「慰安婦」と呼ばれた老婦人たちへの阿川弘之のを暴言に対して)間髪入れず(いささか古風だけれど)「黙れ、ファシスト!恥を知れ!」「化石しろ、醜い骸骨l」とでも大声で叫び、衆人環視下で、かれの顔にビールをぶつかけ、たしか手わたしでもらった賞金百万円と副賞リストの入ったのし袋を床にたたきつけて、いまいちど「化石しろ、醜い骸骨!」とわめき、ウワーハッハッハッと黄金バットのように高笑いしつつ、憤然と退場すべきだったのだ。

 辺見庸『1★9★3★7(イクミナ) 』金曜日、2015年。のち『増補版1★9★3★7(イクミナ) 』河出書房新社、2016年、『完全版1★9★3★7(イクミナ)』(上・下巻)角川文庫、2016年、261ページ。

  辺見は、これらAB二つのトラウマによって忸怩たる思いをつのらせ、悔いている。

  なお、ここでのトラウマとは、自分の「生存感覚」ないし自分の内部の陥没や空洞のこと(小山俊一)であり、極言すれば、それは自分が思考するとき「暗黙の取引なし格闘」を避けることができないものである。

  

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阿川弘之の暴言:「死にたい者には死んでもらえばいいんですよ」

 むかし「慰安婦」と呼ばれた老婦人たちを韓国各地で取材したことがあった。彼女らは一人一日で二、三十人もの日本の兵士を慰安所で「受け入れた」という。事後、性器を負傷すると赤チンをもらって塗った。夕食後には、昼間つかったコンドームを小川にならんで洗わされた。彼女たちのだれもコンドームなどと言わなかった。「サック|と呼んでいた.ある婦人は、「性交よりもサック洗いのほうがつらかった、と話してくれた.元慰安婦たちはソウルの日本大使館前で割腹自殺しようとする寸前に警察にとりおさえられたのだが、またそれを試みようとしていた。「死ぬのはやめてくださいよ」。わたしはオウムのようにくりかえしたものだ。

 サックや赤チンのことを記した自著がなにかの賞をもらい、そのパーティーで、賞の選考委員の一人だった日本芸術院会員、阿川弘之がわたしに近づいてきた。気色ばんでいる。慰安婦のことを書いたあのルポはじつにくだらないとわざわざ言いにきたのだ。不覚であった。顔に酒くさい息を浴びてしまった。阿川はわたしにむかっていくつかの言葉を吐きすてた。「君ね、『死ぬのはやめてくださいよ』はおかしいですよ」「死にたい者には死んでもらえばいいんですよ」。あれ、わたしは脱線してしまっているのだろうか。「おわいのおかし」とサックはなんの関係もないだろうか。「死にたい者には死んでもらえばいいんですよ」と言った老人のその口に、わたしが細田傳造言うところの生菓子のようなものをズボッとぶちこみたくなった衝迫は、未来志向とやらに反しているであろうか。わたしはそうはおもわない。

 辺見庸『いま語りえぬことのために―死刑と新しいファシズム毎日新聞社、2013年、271ー272ページ。