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辺見庸 研究 ~内宇宙への旅~

辺見庸の発言は、ときに「荒れ球」や「魔球」もあるが、「剛速球」が身上である。その根源にある思考とは何か。

77.シベリアと香月泰男(その2)

 辺見庸による香月泰男の絵(「1945」)についての視角は前述したが、評論家・ロシア文学者である内村剛介は香月の絵のことを次のように述べている。内村も敗戦とともにソ連に抑留され、11年間をソ連内の監獄・ラーゲリで過ごし、1956年末、最後の帰還船で帰国した

 香月の絵の残酷はもうひとつの残酷を打ち消すために惹き起こされてくる残酷なのだ。「この飢えて死んだ兵士たちのむくろは、かつて勝ちいくさのときには無残な加害者でもありえた。また敗戦後のシベリアでは互に裏切り合いパンを奪い合ったのであって、生きて再び満腹したら何を仕出かすか分かったものではない。」― 香月の乾いた抒情はそう言って会場の善男善女を弾劾している。

内村剛介『わが思念を去らぬもの』三一書房, 1969年、385ページ)。 

 

 内村剛介のいう「もうひとつの残酷」は、香月の「内的宇宙」のいかなるところから出てくるものなのか。香月の「乾いた抒情」の源泉はどこに見出せるのか。内村はそのことについては述べていない。

 だが、それらしきものは香月が著した『私のシベリヤ』(筑摩書房1984年)の中に書かれていた。(すこし長いが引用する。175-177ページ)。

 

 この香月の文章を読んだうえで、彼の描いた「シベリア・シリーズ」を鑑賞すると、新たな視点が沸き起こってくるかもしれない。香月は決して「社会的な義」から「シベリア・シリーズ」を描いたのではなく、稀少ゆえに闘争する人間のスィン、そして利己的遺伝子によって導かれる人類が認識されている。生物一般と人間との類比、「イデーとしての義」の平準化についても言及している。

 人間ではどうにもならぬ自然の摂理が存在するのである。戦争でもまたしかり。戦争をただ罪悪視するだけが能ではない。正義とかなんとか言っては戦争をぶっ始めているが、別に生物の本能から始められるものがある。人間がやたらと殖えれば他の過疎な弱種族の土地に活路を求めて行こうとするのも一つの戦争のあり方である。戦争なるものによって種族の繁殖を制御するしかない。人類が繁殖する限り、戦争はなくならぬものと昨今思うようになった。私の考えも堕落したと言えばそれまでのことではあるが、ライオンに草を食わすことは出来ぬし、鹿にライオンを食わすことも出来ぬ。人間がそうなればと念じているが―。

 

  こうなると私か戦争を罪悪視して描いてきたのはちょっと変ではないかと思うところもある。別な見方をすると、私の仕事は、戦争を案外美しく見ようとしているのではないかと反問するのである。少しはそんなところがあるかも知れん。戦争がなくて私がシベリヤに連れて行かれなかったなら、私の後半生は無に等しいものであったかも知れぬ。その方が本当はよかったのだが……。美しくなかった僅かな期間の兵役俘虜、それを美しいものとして充填しようとしているのが今の私の仕事でもあると言うのが本音かも知れぬ。しかし戦争が、人間一人一人にとってはまったく意味ない行為であることはことさら私が言うことでもあるまい。私は私個人の戦争体験(または心験と言ってもよかろうか)を描いているに過ぎぬ。人類が人間の集まりである限り、戦争は飽くことなく繰り返されてあることだろう。人間が人間を殺す。殺さねばならぬ必然もうらみもない。蟻のように集団で生活をしているから戦争が起るのであるから、集団を解いて個になるか。今の段階ではまったく蟻と異なるところはない。蟻は会議制で戦うのだろうか、女王蟻が命令するわけでもあるまい。指揮する人間はあたかも将棋の駒を動かす如く、人間を死地に追いやるのである。将棋の駒の如く人間が動かねばならぬ仕組が悪いし、動くからまた悪いのである。(下線は引用者)

 (175-176ページ) 

 

(中略)私の性情には、かなりの嗜虐性がひそんでいる(実例をあげることは、はばかるが)。映画やテレビを見ながら戦争を再び味わっているが、私がもし戦闘部隊に配属されて銃火の中にいたならば、私は私の本性にあるそれを露骨に出していたであろう。さすれば、私は戦犯として告発されて銃殺刑になって、今生きていることはなかったであろう、と思うと、今の私の生きている世界は私のものではないように思えてならぬ。私の本性をすべて出し切れる世界にいた方がよかったのではないかとも思うし、させてくれなくってよかったとも思う。私は何も聖人君子がよいと思っている人間ではない。人の世の中には絶対善も絶対悪もないのでは、と思う私である。(177ページ)

 

 香月泰男のこの文は、「美」のイデーの具現として絵画表現にNot(Notwendigkeit)としての義」が棘として食い込んでいることを示している。だが、それは深く考察することなく「想起」したことを吐露したものにすぎない。(「世界と人間のもっとも基礎的な関係としての〈稀少性〉」を述べたサルトルやカント哲学、マルクスなどをレビューした形跡はない)。

  さらに香月は、「現代の学問とその指導法のあり方について、反省しなければならぬことが多くあると思う」とし、吉田松陰の「行動を以って他を納得させる」点を高く評価している(同上書142-143ページ)。

 ところが吉田松陰は、新国家・富国建設という「大義幻想」ために侵略思想を捏ね上げた張本人であることはすでに述べたとおりである(本ブログ65回を参照されたい)。行動力に優れているからといって松陰をそのように評価することは軽薄のそしりを受けてしかるべきである。同郷の「偉人」とはいえ、香月の思慮に欠けた物言いであると言わざるを得ない。

 

  しかし、だからと言って、香月泰男の一連の絵の価値は少しも減ずることなく、永続するに違いないことについては付言しておきたい。