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辺見庸 研究 ~内宇宙への旅~

辺見庸の発言は、ときに「荒れ球」や「魔球」もあるが、「剛速球」が身上である。その根源にある思考とは何か。

79.辺見庸:内宇宙への回路

 創造的な破壊は否定的破壊であり、現実(構造)を是認したうえでの破壊ではない。批判は現実およびその基礎の構造に対しなされるものである。そして、思想は批判と不可分で、思想は批判そのものであるともいえる 。そのことからすれば、辺見庸の批判はまさに批判の要件を充足している。

 辺見庸の賛同者には、熱心な読者、ウォッチャー、さらには受け入れられない部分があるものの大筋では賛同する人までいて幅広い。

 また、初期の『もの食う人々びと』や『反逆する風景』といった著作の愛好者から、『単独発言』や『いま、抗暴のときに』などといった反戦評論の支持者、『いまここに在ることの恥』や『しのびよる破局 生体の悲鳴が聞こえるか』といった内省・自己探求関連の本の愛読者、さらには辺見の詩作集、小説、随筆集に魅せられている人もいる。併せればいまでも2~3万人くらいはいるだろうか。

 その中には辺見の古くからの知人、理解者、支持者がいてコア・メンバーとなっている。

 興味深いのは、愛読者が、辺見の思想の構成主題をいかに咀嚼し理解しているか、各主題への対応姿勢はどうなのかである。

 例えば次のような主題を掲げてみよう。一般的愛読者は別として辺見庸の愛読者(とりわけ賛同者)を自認する人であれば、これらの主題の内容や論点は単に二者選択ではなく、思考過程も含め洞察できることだろう。 

 主題にかかる「辺見の主張」についてあらためて「賛否」を自問してみる。もちろん、辺見の考えのすべてに賛同とするのがよいというわけではなく留保・反論があってしかるべきである。辺見庸(の思索)を絶対視してはならず、彼の思想は宗教ではないのだから反証可能性を有したものであることは言うまでもない

 そのうえで考えられるのは、以下の各主題で下の方に記されたものほど理解・賛同しかねる人が増えるのではないかということである。それはそれでかまわないのだが、辺見の本領は、実は、それら(下部に位置する主題)にあり、各自各様に辺見の思考を糧に、自らの思索・探求を深め日々の意識と行動の在り方の変革に資するには、それらは格好の課題であると言いたいのである。

 

マスメディア批判 :賛否(賛同か反対か)

戦後民主主義批判 :賛否

反権威・反権力・反戦・反侵略・反ファシズム : 賛否

消費資本主義批判 :賛否

小林秀雄批判   :賛否

個への偏執    :バートルビー、鹿野武一 尾形亀之助

改憲反対     :賛否

言語評論     :賛否

下降志向     :賛否

滅亡・自死願望  :賛否

エロス      :ゆで卵、赤い橋の下のぬるい水、ダフネ等での「痴態」

天皇制      :瀆神、歴史風土、不如意な好感

Notとしての義    :Seal'sへの批判

暴力論      :肉体、流血

死刑制度     :存置、即時撤廃、原則撤廃(部分的に存置)

大道寺将司    :三菱重工ビル爆破、結果的に意図しなかった多数者殺傷、虹作戦