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辺見庸 研究 ~内宇宙への旅~

辺見庸の発言は、ときに「荒れ球」や「魔球」もあるが、「剛速球」が身上である。その根源にある思考とは何か。

91.異常の有理

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  戦争という名で殺戮しても強者(勝者)は処刑されない。ブッシュ親子やオバマは今ものうのうと生きている。彼らにとって外交戦略は物的暴力にすぐ転化してしまう。

 アメリカに追い込まれフセインは処刑され、ビン・ラーディンは暗殺された。パワーポリティクスからの報復による殺人である。

 トランプも金正恩もいわば権力抗争の「あだ花」なのだが、処刑されたり葬られないために勝つことだけに執念を燃やす。

 

 本質的に「憲法番外地」である企業社会(佐高信)でトランプは成り上がり、金正恩は祖父から続く「泥沼のような」因縁によって生きている。これらが彼らの異常の有理という抗弁になりえるのだが、「異常な状況においては異常な反応がまさに正常な行動である」(フランクル)との箴言における「正常」の吟味が全くなされることなく独善的思考で暴走し、直截的・短絡的な因果応報がまかり通っていることは看過できない。

 

 国家暴力を発動すればするほど、彼らが根絶したいと夢想するものが育ち、増殖する。対抗的な思索と想像力はそこから出発すべきだとぼくは思います。そして、それは国家的な呪縛から無限に自由であるべきです。ただ、国家的呪縛から限りなく自由であるためには、相当のことを覚悟せざるをえない時期にきているなと思います。(辺見庸坂本龍一、『反定義 新たな想像力へ』朝日新聞社、2002年、120-121ページ)。 

 

 分岐点で誤った選択をしても戻ることなく突き進む。自国の外側から自国を振り返ることなく、自らを正常と妄信する。そこにはテロリストたちの「異常な状況においては異常な反応がまさに正常な行動である」ことへの洞察はかけらもない。

 この妄動の根茎を穿たねばならない。