辺見庸 研究 ~内宇宙への旅~

辺見庸の発言は、ときに「荒れ球」や「魔球」もあるが、「剛速球」が身上である。その根源にある思考とは何か。

97.距離感覚

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 辺見庸が寄稿した文の次のパラグラフに目がとまった。繰り返し読んだ。

   「若い人びとはおそらく知るまい。一見はげしく対立するはずの、ヒューマニズムテロリズムの二点をむすぶ線分は、おどろくべきことに、かつて、それほどに長いものではなかったのだ。直線的な理想主義とそれを根拠とする憤激が、あるとき短絡し、おぞましい殺りくを結果した例は、1970年代の連続企業爆破事件にとどまらない。運合赤軍事件も内ゲバ事件も、生まれついての暴力分子の手になるものではなく、まことに逆説的で皮肉なことには、もともと過剰なほど真剣に理想をとなえるものたちの所業だったのである」。

(「中國新聞」2017年5月28日)

  去る5月24日、東京拘置所内で多発性骨髄腫の悪化による多臓器不全で大道寺将司死刑囚が逝去したのだが、彼への追悼を込めて書かれたものである。

  「ヒューマニズムテロリズムの二点をむすぶ線分は、おどろくべきことに、かつて、それほどに長いものではなかった」との一節に触発され、「距離感覚」という語が頭に浮かんだ。

  自己と自己自身との距離感以外に、もう一つ重要なのが自己と他(人や社会)との「気」を介在した距離感である。そこでの関係性は相互作用しながら自己(自分自身)のあり方に影響を及ぼす。よって社会心理学上での「パーソナル・スペース」の問題意識どころではなく、「哲学」として考察されるべきものである。

  小山俊一は「思索者」としてこんなことを書いている。

 生きた人間をとらえるのに、〈できるだけ近づいて〉と〈少しはなれて〉と〈できるだけ遠ざかって〉とでは、どうちがうかを考えてみるといい。(中略)人がふつうに生活者として生きるとは、自分自身を自分にとって〈もっとも近い(親しい)もの〉として生きること、いわば「至近者」としての自己を存在することだ。うまく行為にも言葉にもなりそうにない「短かい夢」をひきずりながらだ。

 ところが革命家として生きるとは、自分自身を自分にとって〈できるかぎり遠いもの〉(「歴史化」する存在)として生きること、いわば「至遠者」としての自己を(「巨視」するばかりでなく)すすんで存在することだ。「短かい夢」なんぞかたっぱしからそぎおとしながらだ。〈遠いもの〉としての自己を生きる、とはそのまま「自己疎外」の定義そのものだ。すなわち革命家とはこの種の「自己疎外」をすすんで己れに課するもののことだ(小山俊一『EX-POST通信』弓立社、139-141ページ)。

  

  自己と他(人や社会)を考える際の距離感覚をみごとに捉えているといえる。

     辺見にしろ小山にしろ、対峙する際の距離感覚が常人と違って研ぎ澄まされている。本質の認識・把握に紛れがない。

 それは例えば辺見の次の記述にもあらわれている。

 

 逮捕から約40年、獄中での自責と悔恨、死のシミュレーションは、かれの日課だった。つまり、かれは想念で毎日くりかえし死んでいた。

 大罪はむろん大罪である。大道寺がいくら詫びたとて、獄死したとて、事件の被害者はよみがえらない。遺族は救われない。その酷烈な諸事実の間の、気がとおくなるほどの距離に、しかし、なにもまなぱないとしたら、40余年の時間とおびただしい死傷者は空しいムダにしかならない。

 出所「同上:中國新聞

 

 以前、大道寺将司について質問者が、「作品には、〈君が代を齧り尽せよ夜盗虫〉〈革命をなほ夢想する水の秋〉とか、正直、まだそういうことを考えているのかと驚きましたが、その点はどう思われますか?」との問いに、辺見庸は次のように答えているのである。

 

  僕はべつに驚かないな。それを説明するには、彼の人柄から言わないといけないのですが、彼は、圧倒的に僕より善人です。僕より何千倍も誠実で、ギョッとするくらいにまったく荒みを感じさせない人物です。僕が目を見張るのはいつもそこです。目に荒みがない。いまの人間って、どんなにいいことを言っても視線が狡かったり、どこか下卑ていたりする。言葉と本当の思いが必ず乖離しているのが、すでにこの社会の前提ですよ。

(中略)

 しかし、彼との間ではインチキをやらなくて済むんです。一回約二十分の面会ですが何十年も昔からの友人に会いにいった気分で、顔が自然と弛んでしまうというか、お互い屈託なくなり警戒する必要がない。彼の目には疑りがない。三十七年間のホルマリン漬けみたいだなと彼に言ったことがあります(笑)。

辺見庸『明日なき今日  眩く視界のなかで』毎日新聞社、2012年、147-148ページ)。