辺見庸 研究 ~内宇宙への旅~

辺見庸の発言は、ときに「荒れ球」や「魔球」もあるが、「剛速球」が身上である。その根源にある思考とは何か。

B-45 隷属の呪縛を撃つ 

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 辺見庸が沈黙している。ブログを更新しないだけでなく、ブログの文章も昨年の夏にまでさかのぼって削除してしまっている。『月』の執筆に関するブログの文章も同時になくなっている。

 そこで今回は、アベ(政権)について少し書いてみよう。

 中堅政治学者の白井聡の『永続敗戦論』は、自民党とりわけ現在の安倍政権と、それをなんとなく(または仕方なく)支持してしまっている国民を撃つ本としてわかりやすい。

 その中心は「対米従属批判」であり、それだけだと日本共産党と特に変わりはない。ただし、歴史的事実や背景について、わかりやすく言葉を多くして書かれていることが読者に好感を持たれた。あきらめ癖のついてしまっている日本人が多いのなかにあって、白井は、マジで真正面から説く努力を惜しまず書いているのである。

 

 だが、もう一点、日本共産党との違いがある。それは次の文言である。

 

「今後、永続敗戦レジームが崩壊してゆく過程でさまざまな対立・闘争が表面化してくる。(中略)。

 それはつまり、主体性を持とうとする人間とそれを拒む人間との対立、より具体的に言えば、リスクを負ってでも自由を求める人間と安定さえ得られるなら隷属をよしとする人間との対立です」。

白井聡白井聡対話集 ポスト「戦後」の進路を問う』かもがわ出版,2018年,p.59)。

 

 これは、消費資本主義のなかでで暮らし、感性や精神活動が鈍化し、社畜化・家畜化した人間に対して「生の拡充」による豊穣の選択を迫ったものである。彼の大学同窓の栗原康の、威勢がよくかつ書生っぽい言辞に似ていないでもないが、「呼びかけ」の言葉としては正鵠を射ている。

 

 別の言い方をすれば、これは「安定さえ得られるなら隷属をよしとする人間」が圧倒的に多い現状における、多少扇動気味の二者択一の問いかけである。不正と欺瞞に対する「みずみずしい怒りに根ざす反抗の感性と生体反応」がマヒしている者へのメッセージとも言える。

 「安定さえ得られるなら、多少の異議申し立ての言動はするが、生活を壊すリスクまでは負わない。その状態を<隷属>とまでは考えない。ただし、みんなが抵抗に立ち上る情勢が広がれば、自分もその中に飛び込んでいくかもしれない」とする人が多いのである。

 

 白井はそんなことは百も承知で呼びかける。呼びかけざるを得ないのである。今は「存在」について潜思しているが、辺見も同様のことを書いてきたのだ。

選択と集中」の戦略に長けたリーダーを自分たちが育み、その者の戦略を熟議したうえで実行する。その時が必ず来る。日本の機密文書解除を含む徹底した情報開示、増税(実質的増税を含む)に対する不買運動、戦略的「対中」カードの行使。米国の混迷と衰退は世界史的に見ても明らかな時代に、対米従属(そして米中心中)では日本の経済的・文化的衰退そして破綻は必至である。