辺見庸 研究 ~内宇宙への旅~

辺見庸の発言は、ときに「荒れ球」や「魔球」もあるが、「剛速球」が身上である。その根源にある思考とは何か。

2019-01-01から1年間の記事一覧

B-47 詩という商品

辺見庸が、最近の自著・詩集『純粋な幸福』についてブログで語っている。 「初速好調。出足よし」と自画自賛しているのだ。評判を気にして出版社にかわって「番宣」しているようなものだ。 これまでの辺見は、自著の売行 なんか全く気にする素振りは見せ な…

B- 46 余話

辺見庸のブログが再開したようだ。 文章に迫力はなく、辺見の「絶望病」が進行しているのが目立つ。 『月』については全く触れていない。世の中も、それについては「完全スルー」状態である。内容の「推敲不足」から当然のことであるし、是非もないことでも…

B-45 隷属の呪縛を撃つ 

辺見庸が沈黙している。ブログを更新しないだけでなく、ブログの文章も昨年の夏にまでさかのぼって削除してしまっている。『月』の執筆に関するブログの文章も同時になくなっている。 そこで今回は、アベ(政権)について少し書いてみよう。 中堅政治学者の…

B-44  NHK /Eテレ “在る”をめぐって

辺見庸/出演(2019年1月13日放送)を視た。その感想を記しておこう。 いわゆる社会的弱者は自ら「無くてもよい」人間になったのではなく、初めから「無くてもよかった」のでもない。その問題提起はあってもよい。だが、ことの要諦は本当にそこにあるのか。 …