辺見庸 研究 ~内宇宙への旅~

辺見庸の発言は、ときに「荒れ球」や「魔球」もあるが、「剛速球」が身上である。その根源にある思考とは何か。

B-33 小説『月』の出版:執筆中断(放棄)宣言の顛末

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 辺見庸の『月』という小説がKADOKAWAの書籍PR誌『本の旅人』に連載されていたが(2017年11月号~2018年8月号)、連載は2018年8月号で最終回となった。その末尾には、次の表記はなかった。

 *本作はノベルスとして小社より刊行予定です。

  (最近の作品では次の作品にはその記載があったのだが)。

 ・花村萬月「ニードルス」2018年1月号

 ・馳 星周「新宿ゴールデン街」2018年7月号

 ・西村京太郎「知覧と指宿枕崎線の間」

  KADOKAWAの編集・営業担当の段階では辺見庸の『月』は単行本の出版からは外れていたのだ。その状況を知るための伏線は辺見庸の執筆中断宣言ないし執筆放棄宣言があった。

 

 「もう下手なものを書くことはない。(略)第8回までつづけた『月』の連載をやめることにした。読者には申し訳ないとおもう。 

 

 その理由として、「ほとんどのことについて感覚があわなくなってきた。あわせる気力もなくなりつつある」と、辺見は自身の公式ブログで綴ったのであった。だが、実際は、単行本としての出版をめぐってKADOKAWAの担当と意見の食い違いがあったと推察する。

 『月』はどう見ても一般受けしないどころか、相模原市で起きた障害者施設殺傷事件に励起された小説で、人間の尊厳に関するセンシティブな問題を内包し、誤解・偏見で社会から受け止められかねない作品である。出版社としては営業的に芳しくない事態が生じかねない作品であった。

 『月』の執筆当初のいきさつがどのようなものであったのかは不明だが、辺見は単行本出版をKADOKAWAに強く迫った(のではないか)。彼にしてみれば最後の単行本になるかもしれない作品であった。それよりもこれまで辺見は「全的滅亡」「存在することの意義と無」などを考究してきたのであって、そのことを含め彼の作家としての思索の総決算ないし突き詰めて到達した思考地点を表現したものだったからである。

 結局、KADOKAWAは出版を決めた。そしてゲラ刷りにかかり今年中に出版されるべく進んでいる。

 辺見ファンは一定数いるが、そのうちこの『月』を読みこなす者が何人いるのだろうか。辺見はたぶんそんなことはどうでもよいと内心思っている。彼は『月』という作品によって彼の最後の思念を絞りだしたのだ。それを残して置きたかったのだ。

 

 これとほぼ同時期に出版が内定した、上掲の西村京太郎『知覧と指宿枕崎線の間』などと比べてみても内容的には雲泥の差がある。

 『知覧と指宿枕崎線の間』は特攻隊で死んでいった若者たちの話を題材にした殺人事件小説である。

 最終回の下りで、主人公の刑事が、開聞岳の近くにある寺の住職に会いに行き、そして問う。

「特攻について、どうお考えでしょうか?」住職は答える。

 「私は、特攻について一つのことしか考えられません。それが自主的な行動なら、誰が何といおうと、すべてが崇高なものであるはずです。しかし、それが命令された、強制されたものなら、こんな奇怪な、醜悪なものはありません」

 それだけいって、黙ってしまった。

                             (了)

 特攻隊員として死んでいった者の行動が、自主的な行動であったのか、それとも強制されたものであったのか。二分法で捉えられることなどできるはずがない。そんなことさえ吟味せずに小説の最終回に軽々しいフレーズが記されているのだ。

 

 辺見は自作『月』が出版される日を待っている。もちろん辺見庸の愛読者たちも。

 

付記

 この件については、当ブログ  B-28回  も参照れたい。

B-32 「月」

 

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 辺見庸が雑誌『本の旅人』に連載していた「月」(にくづき)が8月号で最終稿となった。終了の間際近くに連載中止(放棄)の意向が辺見によって表明されたものの、その後、彼は翻意し何とか最終回までこぎつけた。しかし辺見庸には描き切った満足感はないだろう。描き切れるほど軟な題材ではないのだから。

 

 人それぞれが思い描く「真」の心象(月)、それを凝視しつづけ、今まっすぐに突き進む。虹(投影態)が身体から立ちのぼり月に架かる。これをどのように考え描くのか?否定すべき状況を判断し、いっそ滅亡をとの内語に応えることが真っ当なことなのか。

 

 辺見庸の「月」連載最終回にこんな文がある。

 

     

 もっともっと全的な無。どこにも比較するもののない、闇に似て、闇でさえない無。どこまでも、ひたすらはてのない無。(中略)みられず、さわられず、おもわれない、無。シモングモとイエユウレイグモなら、いっぴきずつ、いてもいいかな。(中略)

 

 なぜ、なぜ、いつまでも「在る」の状況から解放されないのか。解放されてはいけないのだろうか。在りつづけるほうが、かえってひどく空虚ではないのかしらん。

 

『月』の主人公の「さと」くんが見た月と虹。しかし、それは存在そのものの全的滅亡状況と対峙し、絶望し、幾度となく逡巡しつつも個の内的必然から実行する(実行せざるをえない)者が見る月と虹とは似て非なるものである。

 

 個体の思念と行動を規定する「生存感覚」「自己内規律」「言語」の三層構造、そこでの関係性の齟齬。元来、人びとの心の内奥での「持続する共感」そして「疎通」などありえないというのが存在する者の現実である。

 サイコパスでも統合失調でもなく、脳内の共感器質・意思疎通の働きの脆弱ないし偏り、その受容を、程度の差(ゼロから100)こそあれ前提として存在が成立しているのだ。

 

 補遺

   求められるのは上記構造における思考循環そして脱権力・脱権威・脱消費資本主義である。殺戮の歴史を意識の底に押し込め、国家の罪業である「戦争」ではなく、人は何とか「明日につながる」いのちそして暮らしを紡いでいる。

 

 

 

B-31  彼我の狂気

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    相模原事件の植松聖被告は「意思疎通がとれない人間は安楽死させるべきだ」と言った。それは生まれてくる人間の生命の選択操作にもつながる考えだ。

 優生思想には歴史があり、心の深奥でそれを肯定する者の存在を認めざるを得ないばかりか、人びとの心にひろがり、やがてそれは「社会や国家に役立たない者の排除、抹殺」の思考と行動となる。背景には、国家(権力による暴力装置)が有無を言わさず人びとを追い立てていく仕組みがある。植松聖被告によって殺された施設の入所者たちは実はそのようなニッポン国によって殺されたも同然である。

  辺見庸は記す。

 「わたしたちはもっと狂うべきだ。そして、もっと狂うはずである。さらに狂わなければならない」(2018年7月13日、ブログ)。

 

 ここで示された「狂」とは何なのか?

  若者に問いかけると「ふつう」との答えが返ってくる。いくつかの質問にも答えは同じく「ふつう」。当人は至って平然としている。

 狂が普通の顔で蔓延している。普通の中身がすっかり狂に変質している。そのことに気づくと「ふつう」の中で生きられなくなってしまう。

  精神の活動域も狭くなる。これでは此方での狂気に耐えられないから、あちらで本来の生体を確認するべく思い切って跳躍するしかない。

  だが、あちらの世界は此方での狂を反照していているのだった。しかも、容易には引き返せない。引き返したとて絶望の淵に落下するのが関の山だ。

  では、別の世界はどうなのか。超然とした世界を捜す。何とか当たりをつけて見つけ出すがすでに結果は出ている。狂を超越しているとされる世界もまた狂が仮面をかぶっているだけなのだ。それでも一時は超然としたふりを決め込むが長続きはしない。

 普通の顔をした狂への「憎悪と絶望」を吐き捨て続ける日々がつづく。

 

 

B-30  辺見庸:女性の「性」への視点

 太宰治著『満願』の描写への辺見庸の視点についてみてみよう。

 

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 伊豆の三島だと思うのですが、太宰がひと夏をすごしていたところで彼が怪我をして病院にかよううちに医者と親しくなる。

 そこにきれいなご婦人が週に何回かくる。病気のご亭主の薬をとりにくるらしい。ご主人はどうやら、結核かなにかだったのでしょう。

 ときには医者が玄関までその女性を見送り、「奥様、もう少しのご辛抱ですよ」などと声をかけていた。医師は言外にある意味をこめて「ご辛抱ですよ」といっていたわけです。

 ある日その婦人が、もっていた白いパラソルをクルクルッと回して、小躍りするようにして帰っていった。「八月のおわり、私は美しいものを見た」。太宰はそう書きました。

 「けさ、おゆるしが出たのよ」と医者の奥さんがささやく。三年間、我慢していたのが、やっと満願です。もう辛抱しなくてもよくなった。「胸がいっぱいになった」と太宰は書く。そういう小説です。なるほど、うまいなあと私も感じ入る。

(『いまここに在ることの恥』毎日新聞社、2006年) 

 

 ここでは辺見庸が女性の「生」そして「人間存在」をホリスティックな視点から捉えていない面が顕れている。その理由はどこに求められるのか?辺見が幼い頃、故郷石巻の海辺の松林で垣間見た「男女」の行為(実質は「自由恋愛を装った売春」)の記憶が、心の奥深くに刻まれていることに起因していることに思い至る。

 この婦人(女性)の喜び。辺見庸は同書で「三年ぶりの性を解禁されて喜ぶ女」と記しているが、その前に、この女性の三年間の我慢、辛抱とは何かを見なければならないのではないか。彼女の喜びは抑制された「性」の解禁による喜びに限定されるものではない。「性」を生理的な(さらに言えばフィジカルな)面に偏って捉えるのは誤りであると言わざるをえない。

  何よりも結核を患った夫の生命と身体への煩慮ないし心痛からの解放、夫(小学校教員)の病気の快癒による元の暮らし(の予感)の喜びなどが、「もっていた白いパラソルをクルクルッと回して、小躍りするようにして帰って行かせた」のである。その点の認識・明示の意義は小さくない。

  

付記:辺見が描く女性の「性」は、ほかの著作についても同様のことが言える。

辺見庸の誤謬(その5)要旨>

B-29 辺見庸の「誤記」

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 辺見庸の注意力・集中力はかなり弛緩している。文章の誤字・脱字が目立つのだ。しかも、彼が「もう下手なものを書くことはない。ただよめばよい」、「第8回までつづけた『月』の連載をやめることにした」、そう決心させた梶井基次郎の作品(『犬を売る露店』)の引用文においてミスしているのである。

カッコ内の表記が、原文における表記。

 

 「落花生の主人は時には夜泣きうどんの車からうどんを運ばせたりする。古本は南京豆の袋入りを買って鼻の下の祭りをする。万年筆やインク(インキ)消しは絶えず喋っているようだし、人足を止めていることも美人絵葉書に次いでいる」。

 

 「しかし(然し)犬屋は、いつも厚司をはき(厚司をき)膝小僧を出し、冷たい(冷い)甃の上に寂しく立っていた」。

 (以上は、辺見庸のブログ、2018年6月29日、抜粋)

 

 原文は忠実に引用しなければならないのが基本だ。ましてや、どう考えても誤った引用としか言えない引用は絶対してはならない。例えば次の語句。

 

 厚司をはき→正しくは:(厚司をき)。 

 →厚司は「履く」ものではなく、「着る」ものである。

 「厚司」の意味は次記のとおり。

アイヌ語。オヒョウの樹皮の繊維から採った糸の織物。アイヌ人が衣服に用いる。

②大阪地方から産出する厚くて丈夫な平地の木綿織。紺無地か大名縞で、仕事着・はんてん・前掛などに用いる。

 

 辺見庸脳出血の後遺症で右腕・右肩が麻痺。文字を書くことができず、左手でケイタイに入力(のち転送)または直接パソコンに入力。そんな事情があるとはいえ、また、気楽なブログとでも思って書き綴っているのかどうかはわからないが、現役の文筆業者であるかぎり、そして、「重要な場面」での文章には、ブログといえども細心の注意を払ってほしいものである。

 先だってのあまりにも安易な「連載執筆の中断(放棄)」表明(後に撤回)とともに、辺見の最近の「乱れ」は気がかりである。

 <以上、辺見庸の誤謬(番外編)要旨>

 

付記

 小生は文筆業者、売文業者でないとはいえ、そして誤りは気づけばすぐ直しているものの、自分の文章に「誤字・脱字」がないと言える自信は全くないことをお断りしておきます。(「甘い!」とのお叱り、覚悟しています)。

 

 

B-28   辺見庸、「執筆中断(放棄)」の悩乱

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 辺見庸が、雑誌に連載している作品(『月』)の執筆を中断するという。(2018/ 5/ 29)

 

 もう下手なものを書くことはない。(略)第8回までつづけた『月』の連載をやめることにした。読者には申し訳ないとおもう。

 その理由として、「ほとんどのことについて感覚があわなくなってきた。あわせる気力もなくなりつつある」と言うのである。

  

 ただし、この連載中断はいわゆる絶筆とは少し意味合いが異なる。  

 作家が一切の執筆をやめるのが絶筆である。これには大きくは二種類あり、作者の死亡や重篤な病気によることが多いが、そうではなく、抗議・意見表明または反省等の意味を込めて何らかの宣言を伴う絶筆(この場合は「断筆」とい呼ばれたりする)がある。なお、「断筆宣言」しても執筆が再開されることはある。谷川雁筒井康隆などでみられた。

 絶筆以外では、突如、連載している作品を当該作者が執筆しなくなることがある。谷崎純一郎の『残虐記』などはその例である(作品は未完成のまま)。この場合でも、外部からの抗議によるものと、作者本人の自主的な判断(思想・信条)による中断がある。

 今回の辺見庸の場合、今のところ執筆中の特定の作品の中断であり、もちろん絶筆ではない(はずだ)。

 

『月』は血塗られた荒れ野のふうけいを、たたなわる欺瞞のヴェールを剥ぎ剥ぎ、もうやめてくれと悲鳴をあげられるまでつづけるつもりであった。しかし、悲鳴はどんな悲鳴だったか。よくわからない、こんなんじゃ売れません・・・ではないか。

 

 出版社の編集者もしくは近しい友人等と、どのようなやり取りがあったのかはわからない。やり取りがなかったのかもしれない。いずれにしても辺見は10回くらいの連載になるだろうと言っていた。その直前の(8回での)中断なのである。

 こんなことを辺見は以前ブログで書いていた。 

 またなぜ『月』にむきあっているのか。ギブアップしないのか。ギブアップできないのか。わからないようでいて、どこかで得心している気もします。年々読者を意識しなくなっています。それでいいとおもいます。

 

 しかし、今回の突然の執筆中断(実質は執筆放棄)について次のように記すのである。 

 わからぬというものに、無理にわからせてやるほどおせっかいではない。あきらめることだ。あきらめるべきである。

  

 辺見の「内的意思」はここで瓦解する。自己の作品を市場経済・消費資本主義の中に埋没させずに書くと決めたからにはその意思を貫徹しなければならない。創造の業(ごう)はニヒリズムを超えるのではなかったのか。

 肝要なことは、マス社会での「成功」「受益」をいつまでも引きずらないことである。 辺見庸自身もそのことについて、かつて述べていたではないか。それを実践すればよいだけである。 

 

 これからは書きたいことだけを書かせてもらう。百人支持してくれればいい。いや、五十人でいい。百万人の共感なんかいらない。そんなもん浅いに決まってるからね。

(『記憶と沈黙 辺見庸コレクションⅠ 』2007年)

  

<以上、辺見庸の誤謬(その4)要旨>

 

追記

 執筆中断を表明してから10日後の6月8日、辺見庸は、ブログで『月』の執筆を続行することにしたと書いた。作家としては当然のことであろう。それにしても、あの執筆中断(放棄)の表明はなんだったのだろう。友人たちからの励ましがあったことを理由としてあげているが、今回の辺見の「言葉の耐えられない軽さ」、そして彼の混迷ぶり。なんとなく「遣る瀬なさ」を感じさせる一件であった。

B‐27  辺見庸―毎日新聞に載ったインタビュー記事

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 辺見庸へのインタビュー記事を読んだ。毎日新聞藤原章生/記者がインタビューしている。テーマは「官僚らによる一連の不始末」である。

 

 辺見が2004年3月に脳出血で倒れ、その後復帰し『1★9★3★7』の発刊後、朝日新聞や日共などから疎んじられてますます孤立を深めていて、近年では彼の心身の衰えが目立つようになっていたのだった。

 

 記事を読んで正直なところがっかりした。

 辺見庸の顔がボーっとしていた(藤原さんの感想)だけでなく、語る内容もボーっとしていた。辺見庸老いと衰えを感じさせるものであった。

 

 一般人の世間話と変わらない水準の話が記載されている。「馬鹿」という語の由来など少しだけ知識の披露がなされているものの、あんちゃん風のテレビキャスターへの苦言、社会とメディアの批判力の喪失、官僚の語るに値しないくだらない事ども、顔貌が表象たりえない時代のことなど、一般的な言辞のオンパレード。

 

 2016年7月に相模原市で起きた「障害者施設での殺傷事件には興味が尽きない」との辺見の発言にも、あの殺傷事件を見る辺見の心根がはからずも吐露されている。せめて「関心を寄せる」とか「着目する」という語を使うべきではなかったのか。殺され傷つけられ被害者のご家族の心情からすれば「興味が尽きない」(「心がひかれ、おもしろく感じて」の意味)などと言ってほしくはないだろう。その背景に潜在する問題に対しても人間の実存に偏してとらえられていて、社会病理さらには経済・政治構造への緻密な考究が感じられない。

 

 だが、このインタビューの記事内容が凡庸な理由は、辺見庸老いと衰えだけに起因するものではないということについても触れておかなければならない。

 

 現実に対して客観的な情況の背景・構造そして本質への批判的な切り込みがなされず、心情的な非難に陥っている。徹底した批判がなされていない。耐えきれずに陥る絶望を口にする受傷者として立ち尽くしまたは逃亡するだけなのだ。そして彼の口舌には「突き抜けられなかった」ことへの悔恨の臭いが漂っている。インタビュー記事に顕れた「凡庸」は、過去からの延長線でもある。

 

(参照、「官僚らによる一連の不始末 ― 辺見庸さんに聞く」毎日新聞:2018年5月15日、夕刊)。

 

 <辺見庸の誤謬(その3)要旨>

B- 26  天皇に手を振る辺見庸

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 石牟礼道子さんが、晩年に美智子皇后と縁をもち、胎児性水俣病患者と天皇との面会(2013年10月)の橋渡しをした。このことに対して、辺見庸は次のように述べている。(このことは前にも書いたことがある)。

 

「時間の芯の腐蝕天皇家賛美には、なんらかのかんけいがあるとおもう」。

 

 最大の戦争犯罪者であるヒロヒトとその一族(天皇家)は保身を図り、のうのうと戦後を生きつづけ、ニッポンはアジア諸国への侵略と沖縄を「捨て石」にして来たことをすっかり忘れたかのように経済発展にのめり込んだ。

 その犠牲になった水俣病患者に寄り添い支援したのが石牟礼さんであったが、晩年、天皇制の罠にはまり「天皇家賛美」に陥った。 

 辺見はその点を鋭く突いたのである。

 

 だが、その辺見が信じがたい行動をとっていた。彼は横浜駅で現天皇(アキヒト)に群集の一人として手を振っていたのだ。そして「天皇昭和天皇ではなく、いまの天皇である)に、なにがなし、好感をもった」と告白しているのである(詳細はここでは省く)。 

 これでは石牟礼道子さんの「天皇家賛美」をとやかく論評などできないのではないか。

 

 辺見庸には変な癖がある。癖と言うよりも疑問視される気質とでも言おうか。いずれにしてもその兆候は上記の例以外にも表れているのだが、個人への好意と制度・本質に対する批判を別個のこととして捉える。それを一緒にして考えることを「左翼小児病」だと難じるのである。

 

 辺見庸の心底からの友であった故・大道寺将司の次の言葉を、辺見はどう読むのか。そしてこれも左翼小児病と批判するのか。

 辺見のこの点に関する思考・意識と行動の「誤謬」は、疑問視される気質ないし癖では済まされるものではないだろう。

 

 日本人は日常的に天皇制とそのイデオロギーにとり囲まれているので、それらとどのように向きあうかが、その人の思想性の真贋を測る物差しだと思います。天皇制を肯定し、皇室に親近感をもちながら侵略や差別、人権侵害、不平等と闘いぬくことはできません。天皇制と侵略、差別、人権侵害、不平等は同根だからです。

(大道寺将司『死刑確定中』太田出版1997年)

 

辺見庸の誤謬(その2)要旨>

 

B-25 辺見庸の誤謬

                  

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 現代経済は消費によって牽引され、人びとが商品に呪縛され心身が商品に浸潤されている。辺見庸は消費資本主義について次のように発言している。

 

 実感的に言えば、市民なんてこの日本にいやしないのです。いるのは、ただ消費者だけです。われわれは消費する人。モノを作るのは近隣諸国の人。(中略)じゃあどうすればいいんだ。どうしようもないですね(笑)。

 

 辺見は「どうしようもない」と匙を投げてしまっている。そして「こうなった以上は身体がカスになるまで、とことんモノも情報も消費しつづけてゆくしかないんだろう。腐って腐って腐り抜くしかない。そこに楽観論が忍び込む余地なんてない。ただただ悲観論としてこう思うわけです」と言う。

 

 これではあまりに上滑りしている。やはり詩人・批評家(門外漢)の言でしかない。

 かと言ってミニマリズムなど一部にみられる「消費の放棄」(実際は、必需的消費以外は消費しないこと)では論点(課題の焦点)から逸れている。

 資本制経済(消費資本主義)の矛盾の(現実的な)止揚の展望を拓く構想と方策(政策)の探究・・・・・、それが私たちに課せられている

  

辺見庸の誤謬(その1)要旨>

 

 

 

 

B-24 正義の戦争(just war)

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     一定の条件をクリアすればjust warとして許されるという考え方がある。

 例えば、「最終手段または自衛行為として、そして行使される力の規模が適正でかつ可能な限り民間人が暴力にさらされない、といった制限条件下での戦争であればjust warである」とされるのである(オバマ前大統領の<ノーベル平和賞受賞記念講演>での言葉)。

 

 だが、そんなことを言っていたら戦争なんかできやしない。だから「国民の生命と財産を守るため」、さらには「世界の平和実現のため」であれば、正当な(正義の)戦争として許されると主張される(これなどは何とでも解釈できる条件だ)。

 その結果、戦争の正当性を判定する開戦法規として用いられてきた主な6基準や、キケロの「I prefer the most unfair peace to the most righteous war.」等は、「現実によって引き裂かれてゆく」のである。いかなる優れた言説や高邁な理想もそれから逃れられない。

 

 実際「聖戦」という美名で人類は多くの戦争をしてきた。それらは想像をはるかに超える悲惨をもたらした。そして戦争の愚かさを反省しながらも、戦争を人間ひいては国家や人類の業(ごう)として容認し、その罪業の問題性を糊塗し溶解してきた。

 米国のトランプ大統領は戦争における物理力に匹敵する「圧力」をかけ続ける。かつて米国が朝鮮半島を分断した張本人であることの反省もなく、北朝鮮への軍事攻撃をいつでも行うと高言している。本音は、国内政治の不安定さを緩解させるべく、また中間選挙目当ての方策として、さらには軍需産業界へのアリバイと振興助成のためにもかかわらずだ。

 危ないのは米国の経済的な逼迫であり、そのリカバリー策の一つとして核弾頭が「撃た」れる。見極めるべき要点は、fragileな金融経済による繁栄の崩壊がいつ起こるかである。それが起こればなりふり構わず戦争を仕掛けてくる。

   

  そもそも多くの政治家は「戦争」を心底では望んでいる(としか思われない)。平和を貫くことの大切さを言いながら彼らは本来的に好戦欲動に突き上げられているのである。

 ノーベル平和賞を受賞したバラク・オバマもその一人であったのだ。

A non-violent movement could not have halted Hitler's armies.  Negotiations cannot convince al Qaeda's leaders to lay down their arms.  To say that force may sometimes be necessary is not a call to cynicism -- it is a recognition of history; the imperfections of man and the limits of reason.

   (Remarks by the President at the Acceptance of the Nobel Peace Prize)

 

 これら政治家に共通しているのは権力者の醜悪な加害者性であり、常人の生存意識の完全な欠落である。ましてや品行、品性の劣悪なトランプ大統領なんぞ、不動産取引と開発で泡銭を稼ぎまくった習性から、「浮利」のためならば戦争だって利用する政治屋なのだ。(ニッポンのアベも、せいぜい「国への献身、そして大義への献身」を空しく言い募るのが精一杯の政治屋なのである)。

 

 辺見庸の発言を記しておこう。

 

 歴史における「正義」とはなんだろうか。プラトンが「正義」を国家の備えるべき至高の徳としたことはずいぶん示唆的だ。「正義」は昔もいまも、おおむねナショナルな範囲内で語られることが多いようだ。ナショナルな「正義」の意識は「大義」のサイズまで膨張することがしばしばあり、その延長線上には「正義の戦争」「聖戦の大義」というのがある。

 一方、ソフィスト派に属するトラシマコスが、「正義」とは「強者の利益」と定義したというのも興味深い。どうやら、「正義」には常に国家と強者と闘争がつきまとうようなのだ。弱々しい個人にだってそれぞれの、そしてときどきの「正義」の観念があるのだけれど、国家の絶大な「正義」によって手もなく押しつぶされてしまうのが常である(『いま、抗暴のときに』2005年)。

 

 身体を賭けた多様な抗暴の戦線を展開するしかない。

 (辺見庸は、これに対しても「な-んちゃって」と言うのだろうか)。

 

 

 

 

 

 

B-23 止まったままの時計

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 広島と長崎に「新型爆弾(原爆)」投下の恐れがあることを軍部は事前に察知していた。にも関わらず、投下当日はなぜか警報が解除された状態であったという。警報が発せられていれば少なくとも何万人の命が助かっていたはずだ。

 しかも原爆投下予知関連情報などが、日本の敗戦日前後に陸海軍部の命令により急遽焼却処分されてしまったのである。

 軍に都合の悪いことはすべてなかったことにするという態度は天皇ヒロヒトに対しても貫かれ、その結果、終戦決断を遅らせた。

松木秀文・夜久恭裕『原爆投下―黙殺された極秘資料』NHK出版)

 

 戦後70年以上たっても同じことが繰り返されている。陸上自衛隊イラク派遣部隊の日報問題だ。海外での自衛隊の状況が、主権者である国民に明確かつ十分に知らされず(資料はないと強弁され)秘匿されたままだったのである。

 

「国防色の輪は、しかし、だれかが中心(点)の鬼と交代することもなく、中心(点)そのものを焼却してしまう。輪は暗黙のうちに記憶の中心(点)をなかったことにする。あっさりと忘れてしまう。」(辺見庸

 *写真は、敗戦まで「陸軍特種情報部」があった施設。

 

B-22 空費だ、世界なんて

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    月刊『本の旅人』に連載中の「月」(辺見庸)。

 そこにさりげなく組み込まれている至言。

 

「ひとのやることのほとんどは、だれかのまねなんだってさ。(中略)にんげんのやることのほとんどがじぶんだけのオリジナルでなければならないとしたら、大混乱だよな」

 

「戦争においては、現実を覆っていたことばとイメージが、現実によって引き裂かれてしまい、現実がその裸形の冷酷さにおいて迫ってくることになる。〈エマニエル・レヴィス::引用者註〉」  

  

「ありうる。なんだってありうる。理由だけがない」

 

「どうせ、すべてはむだな情熱にすぎない。空費だ。世界なんて、せいぜいそんなもんじゃないの。なのに、あたしはどうして世界なんてことを思うのだろうか。世界なるものが、これまでいちどだって罪をつぐなったことがあるだろうか……」

 

 脳出血の後遺症が十年以上経っても辺見庸を襲い続け、「痛くないというのはとてもだいじなことかもしれない」と、辺見は呻く。幻想小説「月」はそのようななかで書き綴られている。

 

 

             

                         

B-21 心ばえ

 

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 森友・加計問題の茶番劇がマスコミをしばらく賑わしていたが、アベ首相夫妻の直接関与はなかったとの「詭弁」で肝心のことがほとんど「解明」されないまま終わろうとしている。そのかんひたすら自己保身を図る「北朝鮮の独裁者」が政治的駆け引きに走る。J アラートは鳴りをひそめる。

 世情では「人工知能が世界を変える」などという虚言が流布される。

 何か変だ。何を喪失してしまったのか。

 辺見庸の次の言葉が心に滲みる。

 

「人の心ばえって稀に、請け売りの思想とやらが尻尾巻いて逃げるほど深くて強いものがあると、割合単純に考えるようになりました。人は思想を愛するのではなく、自他の身体や内面を裏切らない心ばえをこそ安んじて愛し、自らの体内にもいつかそれが静かに芽生えてはこないかと待ちつづけるのではないでしょうか(辺見庸『自分自身への審問』2006年)」。

 

 

 

 

 

B-20 辺見庸の最新作  

 

 雑誌『本の旅人』に掲載中の「月」で、辺見庸は晩年の自らを絞りだすように表現している。2004年3月に新潟で講演中に脳出血で倒れ翌年がんがみつかって以降、心身の疲れと苦痛が次第に厳しくなっているのが読み取れる。後遺症は寛解するどころか悪化しているのである。

 小説「月」はそんななか、「身体感覚にかかる想念(幻想)」「世の現実」「至言」(「箴言」)の三つを核にしながら主人公が脈絡もないまま語るという形式で展開されている。

身体感覚にかかる「想念」(幻想)につては、例えば次のような表現にみられる。

  • 存在とは痛みなのだ 痛みは存在の搏動である。
  • 耐えられないほどの痛み。これが拷問ならなんでも白状する
  • どうでもいい。じぶんのいない世界は、どのみち、もう世界ではない。

                       「月」(2017年12月号)

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 右半身の麻痺と首、肩、腕、手の関節の激痛、苦悩による幻視、死の影。その後は悩乱ゆえの幻想と思しきことも書き連ねている。

 辺見庸はかつて評論家として鋭い論説を展開し、そして現代社会とそこに生きる人間の罪と実存を小説や詩で著してきた。大病を患ったこともあって、晩年には「鋭い不穏さ」が「陰熱のこもった不穏さ」に変容しているものの、江藤淳のように「自らの老いと病身を形骸とする無様や恥を拒んで美学とし自死する」ことを諒としない。辺見のすごさは、精神の芯が決して揺らぐことなく弱まることがないことだ。

 辺見庸が見つめるのは、漆黒の空に浮かぶ月である。

B-19  受傷者の表現

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 「ものを書くということは、俳句であれ詩であれ散文であれ、受傷が前提にあるのだと思います」。辺見庸はそう言っている(『明日なき今日 眩く視界のなかで』2012年)。

  辺見が、雑誌『本の旅人』(KADOKAWA)に現在連載中の「月」というタイトルの詩的散文を読んでいるとそのことを痛感する。

 この「月」は玄妙な語り口調で書き進められていて、辺見が傷つきながら実際に起きた出来事を創作と主観で昇華しモザイク状に組み込んでいることに気づく。

  元新聞販売店経営者の焼身自殺(2017年12月21日)もそのひとつである。これによって辺見は「想念が悩乱となってひろがり、回想をかきみだされた」のだった。「世の現実」によって。

 この事件が、日本の新聞業界に巣食う不条理な慣習(「押し紙」など)に起因した新聞販売店主の苦悩の末の自殺であることは、焼身自殺の場が日本経済新聞東京本社ビルのトイレであったことからも推察される。四半世紀のあいだ共同通信社に勤務していた辺見庸は、これをよそ事として受け取ることができなかったにちがいない(全国の新聞社に記事配信している共同通信社も「加害者」から免れ得ないからである)。

 なお、「押し紙」とは、新聞社が新聞販売店に講読読者数を大幅に超える部数の新聞を買い取らせることである。

  新聞業界のこの「暗部」を見て見ぬふりしている業界人と読者。そんな状態で「良識」が育まれ保たれるはずなどない。(辺見は作品「月」で主人公にそうつぶやかせているように思われる)。

 この作品「月」では、そのあとサイゴンで親米政権に抗議し焼身自殺した僧侶のこと、そんなことがあってもその後「現実」が人びとの意識と行動を引き裂いていくこと、焼身自殺を自ら身体感覚で捉えることなどが綴られている。

 

 辺見庸の晩年の疲れた心身及び状況への絶望意識を基に、彼の身辺に次々迫る(生じた) 出来事が挿入素材として組み込まれ展開される。その巧みなメタフィクションのような表現が読み手を引き込む。それがこの小説「月」の魅力であると言ってよいだろう。