辺見庸 研究 ~内宇宙への旅~

辺見庸の発言は、ときに「荒れ球」や「魔球」もあるが、「剛速球」が身上である。その根源にある思考とは何か。

B‐15 憲法九条制定の舞台裏

 元首相で憲法制定に携わった幣原喜重郎の次の言葉が参考になる。かなり思い切った発言なので掲げる。

 

 「非武装宣言ということは、従来の観念からすれば全く狂気の沙汰である。だが今では正気の沙汰とは何か。武装宣言が正気の沙汰か。それこそ狂気の沙汰である」(憲法調査会資料から)。

 それに次のフレーズが続く。

 

 要するに世界は今一人の狂人を必要としているということである。何人かが自ら 買って出て狂人とならない限り、世界は軍拡競争の蟻地獄から抜け出すことができないのである。これは素晴らしい狂人である。世界史の扉を開く狂人である。その歴史的使命を日本が果たすのだ。

               (鉄筆編『日本国憲法 9条に込められた魂』鉄筆、2016年)

 

 これは、第44代内閣総理大臣幣原喜重郎への1951年に実施されたインタビュー録で、そのタイトルは『幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について』である。発行は憲法調査会の事務局であり、上記の本はそのインタビューの内容を全文掲載したものである。インタビューアーは当時の衆議院議員平野三郎である。

 

 マッカーサーもおおむね承知した草案を内閣総理大臣幣原喜重郎が持って行ったところ、天皇はそれを受け入れるとともに「徹底した改革案をつくれ。その結果天皇がどうなってもかまわぬ」と言われた、との記録が残されている(『同上』)。

 

天皇がどうなってもかまわぬ」とのヒロヒトの発言の意図や真偽や背景はいっさい不明である。(ただし天皇ヒロヒトが必死になって保身と天皇制護持に走っていたことは、内閣総理大臣幣原喜重郎ヒロヒト推していたとの説があることからも窺い知ることができる:筆者註)。

 

 これで非武装方針が決まり、同時に当初連合国による戦犯リストに挙がっていた天皇ヒロヒトの名がマッカーサー元帥によって外されたのであった。

                         f:id:eger:20171120193926j:plain 

辺見庸は疑義を呈する。

 

天皇制を維持するために武装しない、非武装を宣言するということだったのではないか。どうもそうとしか考えられないようなところがある。いわゆる先回りの形で〈死中に活〉を持ち(ママ)出して、日本占領連合軍の最高司令官で占領政策全般を統括していたマッカーサー元帥に驚きを持って(ママ)受け入れられたというわけです。おまえさん達の方から言うのかいと」。

出典:辺見庸講演会実行委員会編『4.3 辺見庸大阪講演会 怒りと絶望は、どのように表現するべきか―「戦争の時代」のたちいふるまいについて』辺見庸講演会実行委員会、20ページ。(講演会は、2016年4月3日に開催された)。 

 

  いっそ天皇制は滅失する方が良い。天皇天皇制の呪縛からの解放することや、天皇制機能の大幅な縮減ではだめなのだ。天皇制がなくなることによって天皇ファシズムへの回路を絶つこができ、そして人びとは個と民主主義の確立への助走を始められるのだ。

 

 

 

 

 

B‐14  報復は報復を呼ぶ。アベはそれを知っていながら、自衛の名のもとに「殺し」、「殺される」状況作りに突っ走っている。

 軍備増強しても、日米安保があっても、集団的自衛権を行使したって、いざ戦争になれば国民を守ることはできない。自衛隊だけでなく官民挙げて関与させられ犠牲者は百万人いや千万人以上が犠牲になるおそれさえある。「殺し」「殺される」社会をなくすことこそ目指すべきなのに

 

 →北朝鮮もアメリカも「自衛」を唱えている。そのためには先制攻撃も辞さないと宣言し合っている。アベはそこに割って入り、日本も「自衛」のためにアメリカにくっ付いて北朝鮮を攻撃すると叫んでいる。そのあおりでダメージを受けるのはわれわれ国民である。アメリカは日本をスケープ・ゴーツにして本土は無傷かもしれないのだ。

 辺見庸は言う。「憲法の前文と九条は、国家が宿命的に持つ暴力性を否定している」と。

 にもかかわらず、アベは憲法9条1項、2項を残すが、3条に「自衛隊」を規定しようとしている。集団的自衛と安保で米軍と一緒に軍事行動するような自衛隊であるかぎり、自衛を騙って侵略・先制攻撃するだろう。憲法九条1、2項と矛盾したままでの3項追加は欺瞞以外何ものでもない。ましてや2項を削除して自衛隊を明記するなど軍国主義そのものだ。そんなことをしたら日本は軍国主義で敗戦したことをなんら反省していないことを世界に示すことになる。

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 → 改憲論者は、現在の自衛隊は軍隊であり、憲法違反(九条二項に違反)だから、憲法自衛隊という戦力を規定せよという。本末転倒である。憲法違反だから自衛隊を軍隊(侵略できる軍隊)ではない自衛組織に改編するというのが道理である。さらに言えば自衛そのものの新しい在り方をつくっていくのが立憲民主主義の基本であろう。

    森達也は10年前に次のように発言している。

  世の中には人権侵害の事例はいくらでもありますが、現実に即していないから人権尊重の理念を捨てろと主張できるのでしょうか。公明党が存在しているから、政教分離の条項は捨てなくてはならないのでしょうか。憲法は理念です。現実に合わせる必要などまったくない。(森達也週刊金曜日」2006年1月6日号、のち『豊かで複雑な、僕たちの個の世界』作品社、2007年)

   日本国憲法は、国際社会の恒久平和を実現しそれを牽引するという理念に基づいて「戦争放棄」「武力行使放棄」を謳う根本法であり最高法規である。理念や規範にとどまるものではない。ゆえに拙速に改定などするべきではない。

B-13 死刑制度が現存している限り、私たちは「殺人者」である。  

 「個体知」「民主意識度」は死刑制度を考えることで高まる。ひとり一人の民主主義の意識と具現。死刑制度を熟慮し、自らの「個体知」を磨くことが当面必要であると思う。 

 訳のわからないまま選挙が行われ、訳のわからないまま選挙が終わる。誰が死刑廃止論者であるか、死刑存置論者であるか、誰が傍観者で、誰が逃亡者なのかも知らないままに。人としての「根本」が、そして「民主意識度」というものがあるならば、それも問われる。

  辺見庸は死刑制度について次のように述べている。

  私にはときどき死刑制度というものが思考の試薬のように思えることがあります。あるいはリトマス試験紙のようです。死刑制度をどう考えるか。その答えのいかんで、その人の思想や世界観の一端どころか、おそらくはいちばん大事なところが見えてきます。(略) 

 この制度を肯定するのか、否定するのか。なぜ肯定するのか、なぜ否定するのか。これにしっかりと答えることは、私たちの生き方そのものに関わるのではないかと私は思います。(『単独発言』角川書店、2001年。256ページ) 

 

 私見として死刑制度について要約して書かせていただく。

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  人を殺した状況や動機、態様などはさまざまであるにもかかわらず、人を殺したものは死で以ってそれを償うべき、殺されたものは二度と戻って来ない、原則、殺人者に生きる権利はないという。結果、世間の応報刑論(主義)がまかり通っている。 

 

 しかし、いかなる理由でも国家による殺人(死刑)は認められない。

 冤罪や誤判の恐れは完全に払拭できていない、死刑執行の現場実態と死刑執行に至る過程が不明である、死刑制度と社会秩序の保持は証明できておらず、そのためのエビデンスも存在しない、死刑制度を廃止し極刑としては無期刑でなぜだめなのか。

  世界の141カ国で死刑が廃止(事実上の廃止を含む)されているというのに。

 

 殺人を犯してしまった人に対して、あたかも社会の災厄として排除するかのように国は死刑を科す。そこには殺人というクライム(罪)が、当事者の意識構造に加えて、基本的に社会の罪業(根罪、政治・経済構造の欠陥、世間や組織の集合意識の偏見等)によって犯された面があるとの認識がきわめて希薄である。殺人者と殺人による被害者の主体は当事者であることに違いはないが、その両者の後背に「社会」・「所属」構造があり、それらの基底に内在する不条理がある。

 さらに言えば人間は不完全な存在であるという視点からの考察が必須であると思う。 極言すれば罪業の根深い現代社会では、だれでも人を「殺し」かねないし「殺され」かねないのだ。それには例外はない。だからこそ「殺さない」、「殺されない」社会をつくるのが人間のそして国・社会の責務である。

 国が国民を殺してはいけない。死刑制度があるかぎり、私たちは「殺人者」である。

B-12 大転換

 戦後民主主義の幻想に蝕まれた国民は、深く考えることなく憲法を精神的支柱に添えてきた。それが根本的に間違いであったことは、昨今の「解釈憲法」によっていかようにも改竄できることで明らかになった。権力(政府は)の奥の手としてナチス・ドイツに倣い「全権委任法」を制定するかもしれない。

 なお、戦後民主主義が、決定までに至る過程での情報を含む判断材料としての十分な情報もないまま、多数決をよしとしてきたことも大きな誤りである。戦後の日本の民主制は、いわば情報不開示と論議の未消化の上に建てられた安普請の楼閣であったのである。       

  整然とした街は「平和な」暮らしがあるように見える。だが人は傷つけあい差別f:id:eger:20170927132052j:plainしながら安寧を装っている。一皮むけば「血のしたたる地獄」が露わになる。そんな街が世界中にある。見えない敵を暴くためには「厚化粧」を無理やりにでも落とすしかない。背信者の本性は徹底的に暴く。知らんふりしている狡猾な者へは「自分自身の醜さと罪を知れ」と言い放つのだ。

 

 ところで、辺見庸は「人間という完成度の低いいびつな生物」であることを認めつつ、「個」の内宇宙の自由を守るために、冷徹な決断をし行動してきた。そしてギリギリのところで人間と社会の可変性に賭ける。

 辺見庸の個人的な自省、吐露、そしてもちろん批判もリリシズムとは程遠いものである。それは大病(2004年に脳出血を患う)のあとも変わっていない。

  

 1938年より不自由で、惨めで、不幸な時代がいまなのだ。(中略)いったい何が見える?何が聞こえる?私には何も見えず、何も聞こえはしない。闇と光と影の区別さえつかないならば“いっそ「暴動」は起きたほうがいい”。見わたすかぎり眩く明るい闇を破り、本来の漆黒の闇たらしめるために、試みにいっちよう大暴れしたほうがいい。顔を醜く歪め、声を思いっきり荒げて、これ以上ないほど整然とした街を暴れ回ったほうがいい。

 そうしたら、敵が誰か、仲間は誰か、背信者は誰か、真正の闇がどこに埋まっているか、そこを照らす光は本物かひょっとしたらやっとのことで眼に見えてくるかもしれない。私はこの点滴の管も、すべての延命のチューブもブチリブチリと断ち切って、縞のパジャマのまま裸足で病院を抜けだし、間ちがいなく惨憺たる敗北に終わるであろう一過性の痙攣のような暴動に、冷たい街路をずるずる這いずってでも加わるだろう。

(『自分自身への審問』、184-185ページ)

 

 

B-10 過去は完了したか?  

 今さらながら日本による1910年から1945年までの朝鮮半島統治(植民地化)のことを思う。政治・経済・文化のすべての面での統治は、統治される側からすれば多少近代化の恩恵があったとしても、誇り高き朝鮮民族にとっては屈辱であった。

 朝鮮戦争によって分断された国家になったあとも「過去」は完了せず、二つの国は休戦中のまま米国主導の軍事・経済の世界戦略に翻弄されている。日本政府はそのはざまで狡猾にも政権保持と軍拡に走っている。

 

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 辺見庸は「北朝鮮を日本人が嫌うのは『自分の国の過去の貌を見るような、歴史心理学で言えば複雑な心性があるからではないか』」と言うが、そのような心性をもっている人の割合は(とりわけ三十代までの人に)わずかではないか。不十分な歴史教育と、意識産業としてのマスメディアが「記憶殺し」を行い、そのような世代を作ったのである。

  歴史に〈もしも〉と言うのはあり得ないが、「もしも日本による植民地支配がなかったら?」「もしも不幸な過去の歴史をもっと早く清算していたら?」拉致問題は起こりえただろうか。(辺見庸)。

 さら言えば日本が過去の歴史をもっと早く適切に解決していたら、北朝鮮のミサイル発射や水爆実験を連続して行っただろうか?圧力をかけ続け、もしくは何らの理由から現政権が交代したとして、それで朝鮮半島に平和が訪れるのか。

  世界の核兵器保有国による「安定」保持体制のなか、北朝鮮は自国の存続を核兵器保有によってのみ主張せざるを得ないところまで追い込まれている。北朝鮮の現政権の崩壊があったとしてもその後についてのグランドデザインが描けていない。中国やロシアと米日がそれをめぐる主導権獲得に躍起である。その意味でもそれらに国にとっては、北朝鮮の現政権の「暴発行動」は起きてはならないことなのだ。

 日米の醜悪な政権が一体となって「北朝鮮情勢」の「危機」を歓迎し捏造し利用していることは明らかである。日米は国内の政治・経済・社会状況の不安定を糊塗する手段にしているのである。その先には対中国との交渉力強化と封じ込めがある。

 マスメディアとその裏にある権力に翻弄されることなく、ニッポン人はニーチェのいう「末人」であることから脱しなければならない。

B-9 「個」の溶解

辺見庸は「個人という言葉が日本では1884(明治17)年までなかった」との阿部謹也(西洋社会史の研究家)の言葉を紹介している。

    日本には世間はあっても社会がない。「世間」は、人がつねに集団の価値観や意見を優先する。 何よりも個として生きてこそ生きるということなのに、自分で考えることをせずに、自身で「変だな」と思っても異を唱えない。いちいち異説を持ち出して周囲と衝突していては神経が疲れる。周囲との関係を重視し自分の意見を封じ、流されるままに生きている方が楽だとつい思ってしまうのだろう。

 そこにつけ込むのが権力である。物質が液体にとけ込んで均一な液体となる現象を溶解というが、権力にとって私たちは「溶解」の対象でしかないのだ。

 

f:id:eger:20170827161941j:plain 「個」にこだわる。辺見庸の著作のなかで「個」ないし「個人」という語は「死」と同じくかなり高い頻度で出てくる。彼は組織原理に反発し、生産現場の労働者階級の問題のみならず消費資本主義の問題や在日朝鮮人問題、障がい者問題、その他社会的弱者問題を含めて厳しく言及している(階級関係には「言語もかかわっている」との認識も示している)。これらのことから浅薄な「辺見庸=早稲田隠れR派」説を結果的に吹き飛ばすことにもなるのだが、彼の個へのこだわりは、そのような次元にとどまるものではない。

 

  ファシズムまたは独裁、これらも「均一化」「他律性」という点で世間と同じである。ただしこれらは、当初、または表向きの「題目」と、その後の「実体」とは似て非なるものである。

 自分が立っている場所は、他の誰とも共にすることはできないという、ひとりひとりがまったくの独自性というものをもっている。これはひとりひとりの「自由」と言ってもいいと思うんです。

辺見庸『いま語りえぬことのために―死刑と新しいファシズム』2013年、60ページ)。

 消費資本主義社会やマスメディアも例外ではない。これらも「均一化」「他律性」に貫かれており、ファシズムに資するをもっている。

  小山俊一は言う。

 「個とはひとりひとりの人間のことだ。いうまでもなくこの地上にあるものはすべて個としてある。山も海も木も鳥けものも夕焼けも風も波の音もすべて自然は個なるものとしてある。すべて個なるものはくみつくしがたい。しかし私たちにとってもっともくみつくしがたいものはついに人間という個だ。すなわち人間ひとりひとりは個のなかの個、くみつくせぬもののなかのくみつくせぬものだ。

(小山俊一「オシャカ通信」No.2『EX-POST通信』1974年、253ページ)

 個は存続を第一義にしない。目的は、「唯一無二」を実現することにある。後天的に獲得したものを基調とするが、自業・他業が編み合わされ形成され、明確に固有・独自なのは通常はごくわずかしかないものの、わずかでもそれがあれば「個」としてとても貴重なことである。

 一方、利己とは利己的に生きること、その第一義的な目的は「存続」にある。そして結果的に種をのこすことのために行動することである。  

 辺見庸の「個」についての突っ込んだ見解をここで記しておきたい。

 私の個人的テーマでもあるのですけれども、社会が悪くなるというのは必ずしも悪意の人間たちがたくさん増えていることを意味しないと思うのです。私は、いまの社会というのはなんていうのでしょう、たとえば集合的な無意識っていうのでしょうか、あるいは集団的な無意識―ちょっとユングの言葉のようですけれども―に左右されつつあるような気がするのですね。

辺見庸『不安の世紀から』1997年、89ページ)

  

 この国の精神の土壌はいまもって、意志的決定よりは、暖昧模糊とした生成、醸成に向いているようだ。政治、経済の帰趨でも、議論を積み重ねた意志的、計画的な組み立て作業の結果というよりは、ときどきの「空気」によりなんとなくそうなってしまったという、長い生成の結末であることもしばしばである

 無意識の生成のプロセスや、その場の「空気」が、往々、個々人の意志的決定を溶解してしまう。あるいは徐々に呑みこんでしまう。そこに、「私」がいないということはないのだ。「私」はいながらにして溶解してしまうのである。

辺見庸『同上書』279ページ)

 

B‐8 新刊『沖縄と国家』について  

 

  辺見庸目取真俊の両氏の対談、印象深かったのは目取真氏の次の発言である。

 実際に毎日300人以上の人がゲート前に座り込めば、機動隊も簡単に強制排除できないし、資材搬入ができなくて工事は止まるわけです。本気でやるということは、効果を出すということですよ。ヤマトゥの偉い知識人としてではなく、一市民として体を張って座り込んで、機動隊に殴られて痛い目にあえば、観念論も吹っ飛びますよ。(目取真:66ページ)。

  目取真氏は沖縄で20年以上闘い続けている。かつて横須賀闘争で機動隊にボコボコにされた経験を語る辺見庸も圧倒され言葉を失うほどである。

 目取真氏の闘争を戦略なき戦術と難じることは容易である。また、組織的に大衆の支持を得ながら政治を動かしてこそ基地問題の打開の道が拓けるといえないこともない。だが、そのようにやってきて現に打開し得たのか。安保を心の底で容認したまま、在日米軍基地反対、憲法(9条)護持を訴えていてよいのか。

                                                                

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 米国の世界軍事戦略の中で「捨石」的な位置づけの沖縄。日々上空に戦闘機が轟音を立てて飛び交い、自然環境を破壊する米軍。人道に悖る非道な犯罪を繰り返す兵士。イラクアフガニスタンの戦場に比べて「リゾート」のような沖縄で米軍兵士は沖縄県民を見下している。日本の政府はそれを支えている。

 このような情況を目取真氏は座視できないのである。身体が自然に辺野古に行く。それが彼にとってやむにやまれぬ「義」(内的必然性)である。笑ってなどいられない、冗談など言えない、おべんちゃらなどもっての外。それを偏狭となじるならなじれ。食や性、そして死。そして創の具象化(作品)による「拓」への欲求。これらを目取真氏は自ら押し込んで「義」に賭けている。そのように生きるのだとの強い信念がある。

「目取真さんはそこで根本的に、いかなる論者とも立場を異にしている。行動様式であり、行動様式の中に<身体>が入っている。むきだされた生身がある」。(辺見:44ページ)

 

「巨大な弾圧体制を政府が敷いて、無関心な日本人の大多数がその弾圧体制を支えている」という牢固なまでの現実があるなか、時にはテロリズムも排除しないとの思いも、目取真氏の掌編小説・小説では語られる。

 個として、単独者としての「義」を「社会化」する道は考えるべき重要な課題であるが、だからといって「社会化」の過程での欺瞞の陥穽に陥っては元も子もないのである。(このことへの議論が大いにあってしかるべきだ)。

 目取真氏はブログで、彼の日常での闘いを報告している。

「海鳴りの島から」目取真俊:ブログ)

 

 

B-7 社会的義(正義・大義)の危さ

  

 明治維新では「義人」と呼ぶにふさわしい人物が世に多く出た。司馬遼太郎坂本龍馬以外にも、たとえば維新に反対の立場で生きた、日本の典型的・代表的な「義人」として河井継乃助をモデルにして『峠』を書き、人気を博した。

 目を世界に転じてみると、数えきれないほどの英雄物語f:id:eger:20170801165630j:plainや義人伝がある。歴史上の最大のベストセラーである『新訳聖書』は、イエスという「義人」が語ったとされる言葉を書き綴った「フィクション」である。

   人びとは正義とか大義とかに本能的に好感を抱く。ましてや抑圧されそれに反発する「義人」にかぎりなくシンパシーを感じる。それは後天的に得た感性というよりは、意識のもっと深いところで感応しているように見える。

   だが、社会的義ほど危ういものはない。小山俊一はそのことを見抜いていた。

 義(「のっぴきならぬNot<必然性>」)の本質は「反・等価」であるが、それが社会的義(正義・大義)として、イデ一(観念)で語られると観念化による欠缺が浮かびあがってくる。

 「Notとしての義」はそのものとしては実現困難だ。しかも「社会的な義」(正義・大義)はその源泉である「Notとしての義」(反・等価の原理)を見失ってしまえば底なしにダラクし形骸化する。一切がカネ(あらゆる等価物の等価物)に換算されて償却され、奪われたものも名誉ぐらいならたやすく「回復」されるのを見ればよい。

  

    辺見庸はそのことを想到していた。それは次の文に顕れている。

 僕は昔から破壊衝動なり暴力衝動があったわけですけれども、それはほぼ他者に向けていましたね。ただ、ここまで時代、社会が閉塞してきますと、ターゲットが絞りにくいわけですよ。

 マクロ的にはターゲットはたくさんある。ありすぎて困るほどです。おびただしい数の敵が世の中には充ち満ちている。その敵集団というか、全社会的な八百長、あるいは全社会的な与党化の中に、私もいるわけですね。そうすると、さしあたり僕自身も破壊し尽くすというか、壊し尽くすという衝動もある。(中略)で

 つまり、破壊衝動といっても、システムや他者をやっつけたくてもですね、最終的には自分を撃たざるを得ないということですね。

(対談集『屈せざる者たち』辺見庸、1996年、267ページ)

 

B- 4   米日の「思惑」

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     スケジュールに沿って北朝鮮はミサイルを撃つ。官房長官がショックドクトリンよろしくそれを発表する。内心、ほくそ笑んでいるかのように。「脅威」の効果を最大限利用しようという下心。「オオカミおじさん」は見抜かれてしまっている。ミサイルを撃たせないようにするのが政府の責務ではないのか?

 

  辺見庸は述べる。

  私は本質的には北朝鮮を「脅威」と考えていませんが、米国にしてみればイラクより北朝鮮の方が軍事的脅威でしょう。だったらなんで北朝鮮をやらないのか。それは北朝鮮が手ごわいからです。

 北朝鮮に対しては94年に一度戦争を構えたことがあります。寧辺(ヨンビョン)の核施設をめぐって米朝関係が緊張したときです。米軍側は当時、開戦から90日で米兵5万2千人、韓国側に49万人の死傷者がでると予想しました。38度線沿いの地下陣地に北朝鮮は一万門以上の大砲を備えており、米国はうっかり手をだしにくいといわれます。米国という軍事大帝国は制しやすい相手からやっています。

 アフガニスタンへの攻撃もそうでしたが、米国は意にそまない国に対する死刑執行人となっている。しかも裁判官と検事と死刑執行人を一人で兼ねている。

(『単独発言 99年の反動からアフガン報復戦争まで』角川書店、2001年。のち『単独発言 私はブッシュの敵である』と改題、角川文庫、2003年、67ページ)。 

 

 米国、ニッポン、北朝鮮、それぞれの政治リーダーたちの国内「失政」のカバー策として軍事作戦を利用する。とりわけアベは見苦しい。北朝鮮からのミサイルの標的はあくまで米国であるにも拘らず、あたかもニッポンに向けられているかのように宣伝し「Jアート」をちらつかせ国民を愚弄する。国民はその欺瞞にとうに気づいている。

 

 追記

 窮鼠猫を噛んで、米国に向けて仮に北朝鮮のミサイルが発射され米国がそれに応戦する。当然、北朝鮮は反撃するが、その矛先は韓国(ソウル)および日本(沖縄)である。中露はすぐには参戦しない。最悪は、核戦争。そんなシナリオだ。

  その事態を回避には、北朝鮮の現体制の内部崩壊(最終的には核開発とミサイル実験およびキム体制をいったん認めたうえで、それを促す)戦略しかないのか。 (確言できない)。

 いずれにしても、世界の現実は核兵器の均衡のうえに立ったfragileな構造であることに違いないが、「北朝鮮問題」を政局の具に使い回している米日の政治はお寒い限りである。

 

 

 

B-2 安倍内閣による「執行権の濫用・独裁」そして「ファシズム体制」への疾走。

 辺見庸ファシズムは現在すでに始まっていると警告している。実際、国会での多数派を盾に、アベの「やりすぎ」が横行しているのである。

 ファシズムの政治体制の形式的特徴は、執行権による独裁であり、それは政策決定過程からの議会の無視、審議の排除にあらわれる。まさに国民の無視である。解釈憲法による憲法違反の法律がまかり通り、国民の自由を奪う法律が雨後の筍のごとく制定されている。

 

 ところでファシズムって何だ? 

 それについては山口定がすでに体制の標識(山口定『ファシズム岩波書店、pp.328-329)として的確に示している。それを現在の政治状況に照らしながら紹介してみよう。

 

ファシズム体制の標識>

 ①既成の支配層のなかの反動化した部分といわゆる疑似革命勢力との広い意味での政治的同盟の成立。

 ⇒自民党右派(日本会議系)と小池百合子橋下徹の支持層及び支持党派、民進党の右派、公明党右派などの政治的同盟。

一党独裁と、それを可能にする政治的、社会的な「強制的同質化」の貫徹。

 ⇒「他にマシな政党がない」との消極的支持による自民党の多数議席獲得。それを支えるマスメディア報道と小選挙区制度。

自由主義的権利の全面的抑圧と政治警察を中核とするテロの全面的制度化。

 ⇒通信傍受法、特定秘密保護法、安保関連法、「共謀罪」法、国家公安委員会、監視社会化(監視カメラ、通報など)、ショックドクトリン策(Jアラートなど)、裁判所の反動判決

NHKの報道等自主規制、総務大臣のマスコミ報道規制発言、右派言論人の政治的利用

④「新しい秩序と」と「新しい人間」も形成に向けての大衆動員。(戦前の国家運営への回帰策動)

 ⇒ 国旗国歌法の制定、義務教育などへの教育勅語の組み込み、憲法への「家族条項」組み入れ策動。  

 

 上記によって、結局、ファシズムは通常の経済や市民の自由を全面的に「壊滅」させる。その貌を山口は述べる。

                                f:id:eger:20170627145044j:plain                                                                     

  ファシズムのもとでの資本主義はノーマルな姿からは大きく逸脱した「狂った資本主義」なのである。 (中略)

 そこでは財界では極反動派が指導権を握るようになり、市場経済ファシストによる「命令経済」が大きく割り込んでくる。再軍備経済の全面化によって、資源や労働力の国家統制、最高賃金制と強制労働(徴用と勤労奉仕)の導入から、はては、軍事目的のための国家財政の濫費、支配機構の肥大化による膨大な行政経費というのが、どこの国でもファシズム体制下の資本主義経済の実態であった。(山口定『同上書』pp.328-329)

 

 自由が奪われる。息苦しさが市民を襲う。

  ファシズムが敵として設定し、その絶滅を目指したのは、共産主義政党や労働運動ばかりではなかった。一見全く非政治的に見える文化的サークルやおよそそこに自立した市民の自由な結合関係があるところでは、どこでも、ファシズムは将来の「体制への批判」の土壌となりうる可能性を嗅ぎつけて、これを徹底して破壊しようとした。(山口定『同上書』p.325)

100.辺見庸の「置き文」

 

 生き苦しさが増している。むしろ「息苦しい」といった方がよいかもしれない。右傾化なんて言葉では片づけられないほど、価値観の底が抜けてしまっている。この苦しさの理由は根深いところにありそうだ。

 宮城県石巻に生まれ、太平洋沿いの海岸近くで育った辺見庸は、少年期、潮騒と海鳴りを聞きながら、なにか「妖しい」気配を感じていた。だからなのか、長じてからも「根はとてつもなく明るいけれども、世界観というか未来観についてはひどいペシミストだった。とても暗い。」と彼は自己分析する。

 もちろん辺見は、経綸の視点から「気配」を感じてきたのではない。世の中がどうなろうと自分という「個」なのだ。「個」の自由( 最も重要なのは精神の自由だ )を望むゆえに世の気配の変調を許せないのである。そのことは、辺見庸の自己描写によって明らかである。

 

「僕には抵抗という意識はない。世のため人のためなんて発想も一切ない.本当は世の中なんてどうなったっていいのです。ただ要するに、自分の快不快のため、口はばったいことをいえぱ、自分の実存の“芯”を意識していたいから、いわざるをえないということですね。」(『いま、抗暴のときに』208ページ。)と彼は率直に述べているのである。

 

    離婚し家族が去った。その後2004年3月に脳出血で倒れ、その後リハビリに努めるものの後遺症は寛解しない。

 脳出血とほぼ同時期にガンが見つかったことも(快癒したとはいえ)心身に一抹の不安を残していると思われる。

 それに拍車をかけるように国内外の政治経済状況の歪みが耐えられなくなるほどひどくなった。愛犬(つれあい)と暮らす。

 彼の根っからの気質が次第に露わになる。「エキセントリックな任侠左翼」の面が現われたのではと見るふしもあるようだが、それはすこし違う。

 

「わたしがごくおとなしく、フッウに正気で、平和的で、非倒錯的で、いわゆる正義の味方だ・・・というのが平板な誤解である」(『いま語りえぬことのために―死刑と新しいファシズム』184ページ)。

  

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 辺見庸が自らの「生」の限界を実感したのは、脳出血で倒れてからであることは間違いないだろう。後遺症によって、倒れる前のようには身体が思うとおりにならなくなるとともに徐々に苦痛が増している。

 「古い言葉だけど、ぼくはネアカなんですよ。手術のころは身体中にチューブをつけたまま下手な冗談を言ってました。ぼくの人生ってのは、どのみち半ば以上にジョークみたいなものだ、という不謹慎な考えが抜けないんです」(『記憶と沈黙』104ページ。)と、強がってはいるが、脳出血で緊急手術しガンが見つかってからの著述ではあきらかに変化が起こっている。

  

 「東京都公認の二級の身体障害者であります。バッイチで、犬と暮らしております。」と自嘲的なことばを吐く一方で、辺見庸の著作は「置き文」の色彩が濃くなっていると思われるのである。

 以前にもまして彼は自身の精神の内奥を凝視し、言わなければならないことを独白のように書き綴っている。そのなかには、心のうずきに堪えられなくなって発せざるを得なくなって書いている文もあると推察する。

 

 置き文と思われる文章は少なくないが、その中から彼が潜思のすえに心境を語っている( と筆者が推察する )三つの文を以下に掲げる。

 

静謐

 私は誰より静けさが好きだった。寡黙で静謐な人間を好んだ。大声で話す好人物よりもいつももの静かな連続殺人犯のほうがよほど好ましいと思ったこともある。おめく自分を誰よりも軽蔑していた。医師に声帯を抜いてもらおうかと考えたことだってあった。終いには自分のあらゆる発声、発語まで嫌いになった。

 だが、私は結局わめきつづけたのだった。無伴奏チェロ組曲をとことわに黙って弾きつづける老人には残念ながらなりえなかったのだった。数十年怒鳴り、すごみ、わめきつづけた末に血圧は極点まで上がり、血管がボロボロになった。挙げ句の果て、私はやはり声高に何ごとか人々に訴えている真っ最中に脳出血で倒れ、それでも死にきれずに、これが怒鳴りつづけたことと関係があるかどうかつまびらかでないけれども、今度はご丁寧に癌まで患った。何という大ばか者だろう。私はロボトミー手術でも受けて、伊豆かどこかの陽当たりのいい別荘地あたりでニコニコ笑いながら余生を生きればよかったのだ。

(『自分自身への審問』163ページ)。

 

受傷者のことば

「そんなにえらそうなことは言えないですけどね。僕自身としては結局言葉や文は、何かを失ったり傷を受けたり奪われたりしないと生まれてくるものではないんだと思います。お金や地位や豊かな言葉や、いい嫁さんやいい旦那さん、何も失わずにそのすべてを手に入れるということは断じてありえないですよ。

 つまり、ものを書くということは、俳句であれ詩であれ散文であれ、受傷が前提にあるのだと思います。もしかすると自分では傷を受けていることに気がつかない人もいるのかもしれない。傷は主観的なものですから、それぞれ感じ方は異なるのですが、いずれにせよ受傷をきっかけに文は生まれてくるのだと僕は思っています。

(『明日なき今日』138ページ)。

 

日常への拒否

「ぶかっこうなもの、とるにたりないもの、弱々しいもの、形をなさないもの、無価値とされるもの……そういう原存在の側から、システムに同化することを完壁に、かつ穏やかに拒絶した男。いまの日常に余儀なく生きる私たちはバートルビーにそんな像を見てもよいでしょう。〈決して有用でないもの〉―ここにこそ存在の原点がありそうです。

 私たちは一呼吸するたびに、一歩歩くごとに、食べ物を一回噛むごとに、愛を語るごとに、詩を一編書くごとに、死ぬごとに、生まれるごとに、資本主義に奉仕しその延命に手を貸しています。市場はわれわれのためではなく、われわれがもっぱら市場のためにあるのです。私たちは常に有用であることを求められています。慈しみも優しさも愛と美の千態万状も、市場に吸収され市場から吐きだされる「意識商品」にすぎなくなりました。それが私たちの日常です。

(『たんば色の覚書』167ページ)。 

  

 

96.軍隊の本性 

  司馬遼太郎は、生涯、天皇または天皇制について直接言及(論評)することを避けたが、高山彦九郎  ( 天皇潜在的君主とする志を全国行脚して説いた )を、さりげなく好意的に評価する一文を残したりしている。

 一方で、司馬にしてはめずらしく、先の戦争末期の陸軍大臣(阿南近畿)の発言や『鉄の暴風』(沖縄タイムス社編)を参照しながら、軍隊の本質を批判的に見抜いている。

 

 軍隊というものは本来、つまり本質としても機能とし ても、自国の住民を守るものではない、ということである。軍隊は軍隊そのものを守る。この軍隊の本質と摂理というものは、古今東西の軍隊を通じ、ほとんど稀有の例外をのぞいてはすべての軍隊に通じるように思える。(中略)軍隊が守ろうとするのは、たとえ国民のためという名目を使用しても、それは抽象化された国民で、崇高目的が抽象的でなければ軍隊は成立しないのではないか。(司馬遼太郎街道をゆく 二」『司馬遼太郎全集第48巻』414頁)

                              

   現在、ニッポン政府は、国民のいのちと財産を守るという美辞麗句を並べ、自衛隊を実質的に侵略可能な「軍隊」として憲法に明文化するべく画策している。首謀者は例のアベである。

 

 あの司馬遼太郎でさえ軍隊の本質が「自国の住民を守るものではなく、軍隊は軍隊そのものを守る」と述べているのだ。実際、敗戦直前の沖縄で、ニッポン軍が沖縄の住民を守るどころか逆に沖縄住民をスパイ扱いし、さらには村落から逃げるなどした住民を殺したのだ。

   沖縄駐留米軍は沖縄の人々を決して守りはしない。日本駐留米軍は日本人を決して守りはしない。彼らは彼らの軍を守る、彼ら自身を守る、彼らの国を守るために駐留している。

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 司馬遼太郎は、また、次のような言葉を残している。

「日本人は均一性を欲する。大多数がやっていることが神聖であり、同時に脅迫である」。

  

 現代消費資本主義下でのマス・マーケティングや脅しのマーケティングの対象としての消費者の姿がそこにある。金太郎飴のごとく「個」が溶解し、人びとが共同自己衒示的幻想へと駆り立てられていく。まさにこれがニッポンのファシズムの根茎に通じているのである。

   

 最後に例によって辺見庸の見解をみてみよう。彼なりの目で国家の本質を的確に突いている。慧眼である。

 

 国家が、本質的に抑圧機関であることは疑いない。けれども、まったくそうではなく、あたかも救済機関や理性(真理)体現機関のように、魅力的に見せかける欺岡に長けているのも、近代国家の特徴ではある。

 要するに、ひどく見えにくい。国家の、そうした不可視性こそが曲者である。なぜ、見えないのか。それは、国家というものが、断片的な実体とともに、非実体である〈底なしの観念領域〉を併せもつからではないだろうか。換言すれば、国家とは、その図体のほとんどを、人の観念領域にすっぽりと沈みこませているのはないか。

 極論してしまえば、国家は、可視的な実体である以上に、不可視の非在なのではないか。極論をさらに、進めてみる。国家は、じつのところ、外在せず、われわれがわれわれの内面に棲まわせているなにかなのではないか。それは、ミシェル・フーコーのいう「国家というものに向かわざるをえないような巨大な渇望」とか「国家への欲望」とかいう、無意識の欲動に関係があるかもしれない。

 ともあれ、われわれは、それぞれの胸底の暗がりに「内面の国家」をもち、それを、行政機関や司法や議会や諸々の公的暴力装置に投象しているのではないか。つまり、政府と国家は似て非なる二つのものであって、前者は実体、後者は非在の観念なのだが、たがいが補完しあって、海市のように彼方に揺らめく国家像を立ち上げ、人の眼をだますのである。そのような作業仮説もあっていいと私は思う。

(『永遠の不服従のために』毎日新聞社、2002年。のち講談社文庫、2005年、75-76ページ)。 

95.快楽にしびれる脳内回路

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 アベ首相は、かつて「美しい国、日本」と言っていた。いまでもこれをひろく浸透させたいらしい。それには春の日、咲き誇る桜の花に皆が集い酔いしれる国のイメージがあるが、実体は違うのではないか。

 

 特攻隊員のことについてアベは、「かれらは、愛しきもののために、他方、自らの死を意味あるものにし、自らの生を永遠のものにしようとする意志もあった。日本という国の悠久の歴史が続くことを願った。かれらはいのちをなげうって守るべき価値が存在したのだ」と記している。それを美しいニッポンの自然とともに語っているのである。(安倍晋三美しい国へ』文藝春秋)。空々し文章である。

 2,000万人以上のアジア・太平洋各国の人々を、ニッポンが大東亜共栄圏構築という妄想のもと、侵略して殺したことについては一行も触れていない。

 

 辺見庸は、ニッポン民族の情念さらには意識の古層にあるものを次のように捉えている。(アベの意識の最深底辺部にもこの種のものが棲みつき、彼を突き動かしているらしい)。 

 恐怖をかんじるのと快楽にしびれる脳内回路は、おもいのほか近いのだという。つまり戦慄とアクメはとなりあわせており、両者はしばしば短絡して、ふたつながらふくれあがり、結局、からみあったまま死へと昇華していくほかない。血しぶきとオルガスムスが同時的に噴きだすのである。そのことと日本的情念の古層にはなんらかのかんけいがあるはずである。と、1970年11月25日、三島由紀夫自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺したときわたしはおもった。

(『国家、人間あるいは狂気についてのノート』毎日新聞社、2013年、9頁)。

 

 「桜の樹の下には屍体が埋まっている」との書き出しで始まる掌編小説を書いたのは梶井基次郎であった。アベはそこで記されている「屍体」には目をつぶる。

 特攻隊として散っていった青年たちを「美しい」と称賛しているが、「水晶のような液をたらたらとたらしている。桜の根は貪婪な蛸のように、それを抱きかかえ、いそぎんちゃくの食糸のような毛根を聚(あつ)めて、その液体を貪欲に吸い続けている。」という実態について見ようともしない。

 侵略そして戦争によって殺された人、戦死した兵士たちは、「桜の樹の下」でいまでも無念に苛まれている。その屍体のうめき声に、残された家族たちは必死に耳をかたむけているのだ。

 

 「この国の住民の脳には生まれながらにテンノ性ガンという不治のガンが巣くっている」(小山俊一「オシャカ通信No.2」248ページ)。しかも、マスメディアによって皇室関連情報によって「テンノ性」が繰り返し発信され、その「ガン」が励起されているのである。

 

 国・権力者・天皇の犯罪、そして国や権力者に命じられ、そしてテンノ性にたぶらかされて他国の人々を殺しまたは戦争に加担した者の加害者性は否定できない。それを「自虐史観」として非難し、しかも厚顔無恥に「未来志向」とほざく。とんでもない「自己チュウ」意識の持ち主たちと言わざるを得ない。

 

 美しいニッポンがあるのではない、ニッポンの美しさがある。すくなくとも、そう言えるようになるためには、表層批評では捉えられないことがあまりにも多い。小林秀雄が多用するレトリックの裏面を暴くような地道な洞察が求められる。

 

付記

 奈良県宇陀市の「又兵衛桜」(写真)と佛隆寺千年桜。いずれも田園のなかにある一本桜です。夕暮れに行くと一層妖しさが映えます。そこから小一時間ほど車を走らせると、曽爾村の屏風岩公苑を背景にした山桜を鑑賞することができます。

 (これらはすべて見頃がずれていて、とくに屏風岩公苑の桜は、開花が遅い)。

93.恥じなき国の

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 恥じなき国の恥じなき時代に、「人間」でありつづけることは可能か?と、辺見庸は問うています。厚顔無恥で軽薄な者たちを見聞するにつけ、この辺見の指摘が胸に突き刺さります。
 

 罪の文化も恥の文化も、本当は自己の目、自己の声に照らして自ら問い答えることによって成り立つものですが、実際はそのようにはなっていません。

 自己が横にズレ置かれ(疎外され)、罪の文化は神の目を、恥の文化は世間の目を意識したものになり、社会秩序のためのいわば統治手段の用具(概念)になっているのです。

  

 ですから、恥じなき国の恥じなき時代に、「人間」でありつづけることは可能か?との問いは、人が個として自らの内声に耳を傾けまたは実相を見つづけることによって、意識を対象化し欺瞞なく内的宇宙で交信できるか?と言い換えてもよいのだと言えます。

 そこには罰する神も非難する世間もないからこそ、個が求められるのです。煎じ詰めると自己のNot(Notwendigkeit)としての義を裏切ることができるのかということになります。

 

 多くの日本人が、自らの加害者性と愚鈍とを自覚しないまま、マスメディアと風潮に洗脳され、時代に棹差して異口同音の虚言を口にしています。

 それらを見せつけられては欝状態になるのも自然なこと。神経症もいわば時代の公傷だと開き直り笑い飛ばす。神経症統合失調症も治癒することを第一義にしない。ありのままに「生きる」。北海道浦河のベテルの家の「ゆるゆるスローな」「普通に生きる」人々は立派です。

 

 思い起こせば、最大の戦犯である天皇ヒロヒトが自決せず、処刑を免れ延命したことが、戦後の日本人の精神構造を腐敗堕落させました。 

 そして物質的豊かになったと錯覚し、モノの亡者に皆が陥って精神の自立を喪失してしまったのではないでしょうか。

 

 

89.沖縄米兵の子が吊るされる日

 辺見庸は、自らの必然があればテロを敢行すると述べている。私的な被害・屈辱であったとしても、相手の行為が国家暴力を背負ってのものならば、公権力にゆだねることなく個人として制裁を加えるというのである。

 

 もしぼくがパレスチナの西岸やガザ地区などに生まれていて、いまのようなかたちでで(ママ)あんなでたらめな空爆をうけたら、八割ぐらいの確率でぼくはいわゆるテロリストになりますよ。親を殺され、妹を殺され、赤ちゃんを殺されたら、黙ってないですよ(『反定義   新たな想像力へ』辺見庸坂本龍一朝日新聞社、2002年)。

 

 沖縄はいつ戦時に移行するか予断を許さない情況にある。現在のところ半戦時と言えなくもないが、軍用機が飛び交う下で暮らす人びとや米兵による暴行・強姦の被害者、その恐怖に怯えている人びとにとって沖縄は「戦時」と変わらない。

 辺見はパレスチナの西岸やガザ地区での例え話で自らの決意を表したのだが、沖縄であっても変わりはないであろう。 

 

  毎日、ぼくらのこの世界はテロリストを養成してる。自爆テロ志願者を生み、育てているみたいなものでしょう。(中略)今後は、しっかりと話したり表現したりすることが肉体的な痛みとか、理不尽な目にあうということを、ある程度考慮に入れざるをえないと思いますね(『同上書』)。

 

 ところで、沖縄で生まれ育った目取真俊は、掌編小説『希望』で、戦後の沖縄の底辺最深部に鬱積している怒りの爆発ともとれる記述をしている。コザの市街地からさほど離れていない森の中で、行方不明になっていた米兵の幼児が死体で発見されたという設定である。

 

   今オキナワに必要なのは、数干人のデモでもなければ、数万人の集会でもなく、一人のアメリカ人の幼児の死なのだ。

 

との犯人の声明を記している。

 

 また『虹と鳥』という小説では、沖縄米兵による少女強姦に関して次のような表現がある。 

「こんなに人が集まっても何もできないんだから、沖縄の人間もどうしようもないよな。こんだけ集まったんだったら、基地の金網破って中に入ってな、アメリカ兵を叩き殺してやればいいのによ。いくら口だけわーわー騒いでも、アメリカーたちは痛くもかゆくもないだろう」。

 

「吊してやればいいんだよ。米兵の子どもをさらって、裸にして、五八号線のヤシの木に針金で吊してやればいい」。

 

「そうなのだ。カツヤは胸の中でつぶやいた。比嘉の言う通りだった。それ以外に方法などなかった。八万五千の人々に訴えている少女の姿は美しかった。だが、必要なのは、もっと醜いものだと思った。少女を暴行した三名の米兵たちの醜さに釣り合うような」。

 

 私はこの彼らの言辞に、追い込まれた者に特有の「罪業」と「必然の義」とのconjugation を読みt取る。