辺見庸 研究 ~内宇宙への旅~

辺見庸の発言は、ときに「荒れ球」や「魔球」もあるが、「剛速球」が身上である。その根源にある思考とは何か。

B-44  NHK /Eテレ “在る”をめぐって

  

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 辺見庸/出演(2019年1月13日放送)を視た。その感想を記しておこう。

   

 いわゆる社会的弱者は自ら「無くてもよい」人間になったのではなく、初めから「無くてもよかった」のでもない。その問題提起はあってもよい。だが、ことの要諦は本当にそこにあるのか。

  また、“在る”ことをめぐる「おためごかし」の正論を受容・容認するのか、それとも排除するのかを問うことが重要な論点なのか。その背景に切り込んでほしかった。

 詩的・文学的な観念とレトリックに埋没し厭世感覚に漂っていること自体が、視聴者を限りなく「末枯れ・収縮」させることに繋がるのではないか。ふとそんな思いがよぎったのだった。

 

 現代社会は、比喩的な表現をすれば、毒に侵された有機質と没価値の無機質が渾然一体となった社会である。社会的弱者を差別し、抑圧し、または使い回しの末に無用な人間は排除する。弱者や無用な人間は人間として見做さず「無くてもよい」人間とするのが消費資本主義社会の特質でもあり本質でもある。

  逆に「在ってもよい」人間とは役に立つ人間である。社会にとって有用な人間ないし効用(期待効用を含む)のある人間である。具体的には、金を儲けさせてくれる人間、金を使ってくれる人間、他者の生(生命・生活の機能)によりよく作用する人間である。それらを備えていない人間は人間とは見做されない。

 しかも、強者がそのように見做すだけでなく、多くの人びとが自他ともに「無くてもよい」人間になってしまったら社会的に「廃棄」されても仕方がないと思うようになってしまっている。

 

 人間とは何かが問われる。何らかの社会的有用性(効用)が欠如し非効用であるとされた人間、さらには価値意識を欠いた原生命体のような人間は本当に「無くてもよい」人間なのか、差別、抑圧、排除されて当然なのか。どうしてそんなことになってしまったのか?

 現代社会は、なぜ、「毒」に侵された有機質と無機質が織りなすようになったのかである。それこそが問われなければならない。

 現代人の思念と行動を規定する「生存感覚」「自己内規律」「言語」の三層構造の批判的な解明が出発点だと思う。

 

 

 

 

B-43 「弱み」につけ込む

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 人間や組織が他の「弱み」につけ込むことについて、辺見庸は著作の何箇所かで触れている。彼はそのことについて深くは考察していないのだが、宮地尚子という人の著した本のなかで次の文章が目に留まった。

 

 日本にも強く波及しつつある米国のネオリベラリズム新自由主義)が危険なのは、弱みにつけ込むことがビジネスの秘訣として称賛されることで、弱さをそのまま尊重する文化を壊してしまうからだとわたしは思う。(宮地尚子『傷を愛せるか』大月書店、2010年)

  

 さらに、新自由主義の危険を医療ビジネスモデルで捉えることに対して、医療人類学の研究者であり精神科医でもある宮路は、「病や傷を負った人の弱みにつけ込むことほど簡単なことはない」とも述べている。

 実際、新自由主義には、なりふり構わず利潤極大化を追求する資本の運動があり、効率のよい金融資本主義へのシフトも実質上無制限である。その弊害は計り知れないのである。

 

 そもそも新自由主義者は弱者の弱みにつけ込むことに何の痛痒も感じない。

 そんな中、多くの人びとも知らず知らずのうちに弱者の弱みにつけ込む。権威・権力を振りかざし(背景にして)己が利益と劣情欲を充たす。さらに言えば、権威・権力をもっていない者さえもが、ほんの小さな立場上の優位をもって弱みにつけ込む。

 一方、強者は、人や組織のvulneravility(脆弱性、攻撃誘発性)をあたかも操るかのように巧妙につけ込むのである。

 

 そういえば、自己の責にもとづかない弱者をどれほど愛しく思い尊いと思い行動できるか、市井三郎は「歴史の進歩の規準」をそこに求めたのであった。

 

       *上記の写真は大分県・湯布院の上空を飛行する2機のオスプレイ

        (2018年12月12日)

B-43 雲

 天空に悠然と浮ぶ積雲。行雲流水に憧れる人も少なくないだろう。雲は絵画や詩、小説にも描かれてきた。時間や空間そして状況の変化によって雲はえも言われぬ造形美を見せる。(彩雲、滝雲、光芒など)

 一方、異形の雲に驚くことがある(モーニング・グローリー、夜行雲、ダウンバーストなど)。

 雲に人間の罪業を見る眼も忘れてはならないだろう(原子雲、兵器としての雲、放射性物質や有害物質を含む雲、社会の矛盾溶解への利用)。

 産業(農林水産業や工業・サービス産業・情報産業)活動とつながりをもつ雲。自然災害をもたらす雲の乱調と防災についてもしっかりと見据える。

 雲をゆっくり観想することなく日々を過ごす私たちだが、雲について哲学することがあってもよいのではないか。

 辺見庸が著作の中で、「空そして雲」について述べているのは次の箇所である。

 

 まるで天空によく澄んだ海がぽっかりと浮かんでるようであった。海原を下界から見上げている感じなのだ。

  実際の話、最近訪れたカブールの空の美しさといったらなかった。わすれな草の色からつゆ草色へ、つゆ草色からサファイア・ブルーへ、さらにはターコイズ・ブルーへと、頭上の大海原は時とともに艶めき色合いを変えていく。雲の具合によっては、さかんに波立っているみたいでもあり、雲がなければないで、まつたき凪のようにも思えるし、少しも見飽きるということがなかった。

 長い戦乱で荒みに荒んだ下界との対照から、私はことさらにカブールの空の美しさを感じたのかもしれない。たしかに、下界では人の影さえ萎れ、寂れてはいた。戦火の古い傷跡に新しい傷が重なり、殺し合いの時系列さえ定かならざるところも少なくない。

  こんなにも見事な空の下で、どうして男たちはかくも荒れ狂ったのか、と思わぬでなかった。それはそれ、人間というものの謎深いテーマではあるのだが、私がカブールでそこはかとなく、しかし、絶えず意識していたことは他にあった。それは、人が「見る」ということと「見られている」ということの関係の、思えば、血も凍るような怖さについてであった。

辺見庸「空とブルカと箱写真」『抵抗論一国家からの自由へ』毎日新聞社、2004年)

  

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 画像出所:柴田哲子の「雲外蒼天」

 

 

B-42 米国の断末魔  

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 辺見庸は、小泉「構造改革」のときにすでに新しいタイプの「世界恐慌」を指摘していた。そして今や米国の衰退は明白であり、中国の国家社会主義に覇権を奪われつつある。口舌の徒たちの「うわごと」など吹き飛ばされている。

 この情勢の基調について白井聡の指摘はあまりにも的確だ。

 

 社会ダーウィニズムを基本とする新自由主義は、「自由」を標榜しながら国民を包摂し排除する。そこにあるのは資本の利潤極大化原理の貫徹と、それをひたすら支える政治体制(権力)である。

(参照、白井聡『「永続敗戦論」の新たな展開!」NHK出版、2016年』)

 

 

B-41 どこへもとどかない

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 言葉がとめどなく拡散し流通している。そのうつろな情況に人びとの意識と感覚が麻痺してしまっている。霧雲がかかったようななかで眼と耳を研ぎすまさなければ自分を見失ってしまう。

 

 「言葉とメディアはたんに資本の自己増殖の手段となってしまった。そうして死刑による屍体たちも、“虚空の輪舞”を踊っている」(『いま語りえぬことのために-死刑と新しいファシズム-』)と、辺見庸は言っている。「“虚空の輪舞”とは資本の増殖運動そのものである」と看破したのがローザ・ルクセンブルグ(1871-1919)であった。

 

 いまは、人間の声はどこへもとどかない時代です。自分の声はどこへもとどかないのに、ひとの声ばかりきこえる時代です。日本がもっとも暗黒な時代にあってさえ、ひとすじの声は、厳として一人にとどいたと私は思っています。いまはどうか。とどくまえに、はやくも拡散している。民主主義は、おそらく私たちのことばを無限に拡散して行くだろうと思います。

石原吉郎『海を流れる河』花神社、1974年)。

  

 それだけではない。否、だからこそというべきか。多くの人びとが世の成行きにのみこまれ、または自らのめり込んでいる。根腐れした生存感覚。

 

 服従をしいられたものは、あすもまた服従をのぞむ。それが私たちの〈平和〉である。私たちはやがて、どんなかたちでも私たちの服従が破られることをのぞまなくなる。そのとき私たちのあいだには、見た目にはあきらかに不幸なかたちで、ある種の均衡が回復するのである。

 (石原吉郎『望郷と海』筑摩書房、1972年)。

 

 競争に駆り立てられ、利便性の罠にはまり、ほんのわずかな分け前にあずかる。得たものに比べて失ったものがあまりにも大きい。生きていられるだけでも良しとせよとの権力の詐術。

 これに対して、上記のローザ・ルクセンブルグは言う。「少数の前衛党のエリートによる決定の英知よりも、労働者階級による誠実な間違いの方が長い目で見れば好ましい」。この洞察がリアリティをもってくる(あくまでも労働者階級の誠実が前提であるが)。

 存在の価値は、失ったことの不幸によって得られ、その重みを知ることができる。土壇場に至る直前のキャスティングボートはせめて留保しておきたい。

B-40 しおどきだろう

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 辺見庸は、現在、どのような心境にあるのだろうか。

 去る11月11日のブログでは「もういいのではないか。やめてもよいのではないか。いいかげんしおどきだろう・・・。」と書いてはいたが。

 荒み切った社会・経済・政治そして言葉や知の情況の虚しさに絶望しながら、人間の「存在」の根源まで突き詰めて考える。その佇まいはシベリアのラーゲリに抑留されていた詩人の石原吉郎に通じるものがあるのではないか。石原が生きた時と空間と状況こそ異なるものの、そう思う。

 

 言葉がむなしいとはどういうことか。言葉がむなしいのではない。言葉の主体がすでにむなしいのである。言葉の主体がむなしいとき、言葉の方が耐えきれずに、主体を離脱する。あるいは、主体をつつむ状況の全体を離脱する。

石原吉郎「沈黙と失語」『望郷と海』筑摩書房

 

 置き去りにされた者たちは、その事実を自覚できないまま、ただ彷徨している。

 

 私たちはおたがいにとって、要するに「わかり切った」存在であり、いつその位置をとりかえても、混乱なぞ起りようもなかったのである。(中略)ここではただ数のなかへ埋没し去ることだけが、生きのびる道なのである。こうして私たちは、個としての自己の存在を、無差別な数のなかへ進んで放棄する。

(『同上書』)

 

B-39 敗戦後論  

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 ヤスパースは、全世界がドイツを弾劾しドイツ人を弾劾する中で、戦争に参加し推進し、または戦争を許し座視したドイツ人の戦争の罪として次の4つを挙げている。

「刑法上の罪」「政治上の罪」「道徳上の罪」「形而上的な罪」(K.ヤスパース『戦争の罪を問う』橋本文雄訳、平凡社、1998年)。

  そして彼は次の言葉を紡ぎだす。

「完全な敗戦状態にあって死よりも生を選ぶ者は、生きようとする決意がどのような意味内容をもつかということを意識しながらこうした決意に出るのでなければ、今やおのれに残された唯一の尊厳ともいうべき真実の生き方をすることができない」(K.ヤスパース

 

 敗戦を終戦と言う人が結構多いなか、 加藤典洋ヤスパースの『同上書』の末尾の解説で、「日本の戦後思想は、敗戦という経験を自分の中にとりこむことにまだ十分には成功していない。それがこの思想の脆弱さの根本原因である」と記している。

 このことは、父祖代々の罪を引き受けるなかでとりこむことでもある。

 だが、どうみても国民の個別主体の「陰熱を内蔵した自己言及」の未熟ゆえに、その厳しい問いかけがなされていないのだ。

 

 辺見庸は(全著作の中でヤスパースについては一言も触れてはいないが)、上記のことについて次のように述べている。

 

 戦後のニッポン社会は、戦争責任も思想転向も大政翼賛も憲法九条の無視もオチャラカ文化も原発建設も、はたまたすべての価値の空洞化も、人びとそれぞれの個別主体から切り離して、なにか正体不明の「巨大な海綿のようなもの」のせいにしてきた。換言するなら、「巨大な海綿のようなもの」をみんなで幻想し、なにか量りがたい巨大なものを想定することによって、個別主体の責任をまぬかれようと無意識に謀ってきたのである。政治家、役人、思想家、作家、ジャーナリスト、民草だけではなく、昭和天皇がそうではなかったか。そのなれのはてが、いまである(辺見庸『死と死亡のパンセ』毎日新聞社、2012年)

 

  一方、ヤスパースは「(戦時体制としての)牢獄において獄吏の破廉恥行為を囚人一同の責任と考えるのは、明らかに不当である」とも言っている。 

  アジア太平洋戦争を指導した権力者たちと天皇は、4つの罪をどのように自責し償ったのか。彼らにとって真実の生き方とは何だったのか、またはどのように真実の生き方をしたのか。

 それらを彼ら自身が、日本国民(個人)の戦争の罪とのかかわりの中で、否、それ以上に厳しく問われなければならない。

 

 「巨大な海綿のようなもの」(もとは武田泰淳の創作語)、これも一種の共同幻想であり、これを批判することで化けの皮をはがす。過大視は利敵行為に通じる。案外、その正体は張り子のトラであったりするかもしれないのだ。

B -38 消費「怠業」

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 消費資本主義の中で根腐れがないかというと、隠蔽しているだけで、地下茎部はもっとひどいかもしれない。(辺見庸の発言。対談『夜と女と毛沢東吉本隆明辺見庸、1997年

  

 来年10月から消費税増税が施行される(らしい)。

 消費税の徴税(増税)の大義はどこにあるのか?

 社会保障の破綻回避? 子育て支援? 財政赤字補てん? 戦時態勢のための試行徴収? コロコロ変わる目的や、マスメディアを使って目先の小手先課題に国民の関心を誘導する卑劣な方法。

  はっきりしているのは、財政危機の責任や税金の不正な使途の責任・反省がまったく見られないことだ(先のアジア大平洋戦争の責任さえとっていない)。

 そもそも消費する(購買する)たびになぜ税金を払わなければならないのか。

徴税(増税)して社会的な再配分をスムーズに行うため? それならもっと他に方法はあるだろうに。

 唯一、メリットがあるとすれば、こんな景気停滞時の消費税増税は、消費資本主義を考え直す好機になるということである。

 

 人間と商品が逆立した消費資本主義社会での消費税増税という不当な政策に対して「ノー」を言うために、消費サボタージュをしよう。しばらくは必需的消費支出に特化して暮らすのだ。(とりわけ「企業とマスメディアによる消費刺激」にやられっぱなしの階層に属する人びとのミニマム消費である)。

 

 これによる効果は絶大だ。GDPの約6割を占める消費支出が大幅に減ることによって、政権は大きな打撃を受けるのは必至である。

 いつもショックドクトリンで「脅されっぱなし」の私たちが、せめて消費サボタージュで腐りきった国にショックを与えやろう。それこそ消費者主権者、納税者主権者としての権利行使だと思う。勝負はその「成功体験の共有」後だ。

 

 この世界では資本という「虚」が、道義や公正、誠実といった「実」の価値をせせら笑い、泥足で踏みにじっている。そのような倒錯的世界にまっとうな情理などそだつわけがないだろう。なかんずく、実需がないのにただ金もうけのためにのみ各国の実体経済を食いあらし、結果、億万の貧者と破産者を生んでいる投機ファンドの暴力。それこそが世界規模の通り魔ではないのか」。

辺見庸『水の透視画法』2013年)

 

B-37 いっそ滅亡を

  鵺のような社会、欺瞞に満ちた世の中、窒息しそうな状況。 見て見ぬふりをしていても、やがて斃死してしまうか、それとも結局殺されてしまうか。「許せない」「やってられない」「暴いてやる」・・・。

 暗く湿った発語。やがて疲労破壊やクリープ破壊を起こす、多くの延性破壊者たち。生き延びさせられていることに耐えられなくなる。暴発する。自己規律を内語で作り上げ(自己教育して)自壊する。根源的な不完全性を背負い込んだ人間、存在者。必要悪である秩序の積み木崩し。

 せめて自己規律の構築は、目的化した権力秩序に資する方向ではなく、個の「生の拡充」を。加えて、暴発の方向が問われる。

 

 小説『月』(辺見庸

 「さとくん」の行動は明らかに前者だ。それは「生の拡充」を錯誤した「生の希薄」からの暴発、滅亡願望、自己延性破壊行動であった。その後背に厳存する不条理が蔓延する社会・歴史。そして生存感覚。

 個々におけるそれらとニヒリズムとの確執。存在の闇と言うには根は深すぎるが、眼力だけは保持したいものである。 

 

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 泰淳のエッセイ「滅亡について」は言う。「すべての倫理、すべての正義を手軽に吸収し、音もなく存在している巨大な海綿のようなもの」。ついで、こう記している。「すべての人間の生死を、まるで無神経に眺めている神の皮肉な笑いのようなもの」。武田泰淳はそれらのことどもを脳裡に想定したうえで「私の現在の屈辱、衰弱を忘れ去らしめるほど強烈な滅亡の形式を、むりやり考え出してはそれを味わった。そうすると、少しは気がしずまるのであった」と述べる。(辺見庸『死と滅亡のパンセ』)

 

「本当は滅亡しないといけなかった、滅亡が不徹底だった」とも武田泰淳は言う。この泰淳のきわどい発言を辺見庸は「ラディカルで新鮮です」と捉えている。

 そこでは「再生は限りなくゼロに近い状態から生まれる」との寓意を読み取らなければならないのだろうが、滅亡で死んでいった(「殺され」死した)者が浮かばれるためにも、滅亡が新生に限りなく近い再生へとつないでいく。

 再生を願い担う者は根こそぎの変革の出口を求め、起ち、燎原の火を幻視する。それは陰画としての全的滅亡による荒野を反転させる唯一の火である。

 

B-36 辺見庸の講演会中止 ー3日後撤回

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 辺見庸の講演会が中止になった。予想されていたとはいえ(中止の伏線はあったし、今回の中止理由ではなかったものの氏の体調の急変も予想されていた)、残念である。辺見庸が「健在」である姿を見たかった愛読者はいたはずだ。

 小説『月』は、人間とは何か?存在するとは何か?を根底から問うものであった。だが、作者の着眼や問題提起(真正面からこれに取り組まない表現者がほとんどだった)は評価できるものの、小説として構想・展開・表現はさておくとして、題意の洞察と探究(練り)が不十分であったと私は考えている。

 ひょっとすると今回の講演中止の原因は、彼自身がそのことに気づいていて、著者として不本意であったからではないかとさえ思われる。ブログで辺見庸は次のようにごちっているが、そんなことは今さら言うべきことではない。もしそういうことが理由であるならば講演を引き受けなければよかったのだ。

 

「書籍化の過程では周辺に少なからず腹をたてた。じつに鈍感な編集者、アホくさい校正者たちがニコニコしながら言語のファシズムを下支えしていることに絶句した。」

 

 さらには『月』の内容からして出版記念講演会にふさわしくないというのであればなおさらである。断固として講演を断っておけばよい。

  『月』の連載の後半での断筆宣言そしてその翻意といい、今回の『月』の単行本出版記念講演会の中止といい、言ってしまえば辺見庸の優柔不断に起因するものである。それは彼を責めることを意味するものではない。

 痛感するのは「病」「老い」「後遺症」「絶望」に苦悩しながら必死にそれに抗っている辺見庸の生きざまである。

 (諸兄のご意見は如何?『月』を読まれたうえで、ぜひお聞かせいただきたいものである)。

 

 追記(2018,10,23)

 講演会の中止をブログで表明した日(10月20日)の三日後、辺見は中止の撤回を同じブログで書いた。末尾には「ブログでの告知に混乱があり、お詫び申し上げます」と書かれていた。

 (なお、中止を表明した日のブログの記事は全文削除されていた)。

 

  

B-35 『月』(辺見庸 著)への一視角

 

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 小説『月』が、いよいよ2018年10月末に単行本として発行される。相模原の障がい者殺傷事件に発想を得た作品である。

 相模原での障がい者殺傷事件では、のちにパーソナリティ障害と「診断」された青年(植松聖被告)が、施設で次々と重度障害者を狙って殺した。

 辺見庸は雑誌に連載していた小説『月』の最終回で、その青年をモデルにした主人公さとくんと施設職員とみられる人との会話を交えながら、おもに主人公の想念の動きを軸に描いていく。

 

「なぜ、なぜ、いつまでも<在る>の状況から解放されないのか。解放されてはいけないのだろうか。在りつづけるほうが、かえってひどく空虚ではないのかしらん」(辺見庸

 

 さとくんは心でそう呟く。そして重度障がい者を“心失者”と断定して殺傷してゆく。それを彼ら自身のため、そして公的コスト負担の軽減のため、さらには重度障がい者の関係者(家族など)の負担軽減のために、との勝手な思い込みから直情的行動へと移していったのだ。

 だが、さとくん(すなわち青年)の行動は、上記の「在ることからの解放」という言葉(内語)や、マスメディア情報に侵された排除論理(自己規律)や時代の「社会病理」などとの因果関係が軽視できないものの、「真相」は明らかにされないままである。

 

 かと言って「植松被告の母親がプロのホラー漫画家であることは既に知られている。植松被告は獄中でイラストやマンガを描くことに集中していくのだが、もしかするとそれは小さいころから見ていた母親の影響かもしれない」(篠田博之  | 月刊『創』編集長)との見解も、植松被告の生存感覚の一端でしかないのではないか。生存感覚等の構成要因は輻輳し本人にさえ自覚できない闇だったのではないか。

 

  『月』では最後に、主人公のさとくんは呟く。「ああ、月だ。月に虹がかかっている。カゲロウがはりついているよ。月と虹に、べったりと……虫が」。

 

 辺見庸の『月』はそこで終わっている。上記の重層的構造に関与する要因による存在することの「闇」に迫ることなく、あたかも人間の俗情を「スィン」として放擲したままにである。

  すべての罪業を生じさせる人間(存在)の「不完全性」(根罪)との確執・葛藤・超克・挫折・諦観・反動・誤認・溶解。そこには無数の態様がある。しかもそれらに社会(の罪業)が覆いかぶさる。それらのことからすれば「ああ、月だ。月に虹がかかっている」との発語(表現)の浅薄さがどうしても見え透いてくる。

 

 辺見庸はかつて「誰が誰をなぜ殺したか」というタイトルで、佐賀新聞(2016年8月13日)にこの殺傷事件について特別寄稿しているが、その寄稿文から一部を抜粋して検証しておきたい。

 

 障がい者は生きるに値せず、公的コストがかかるから排斥すべきだというのが、人びとが「心の隅に隠した想い」だというのか。これが「愛する日本国、全人類の為」というのか。ひどい、ちがう!と言うだけならかんたんである。(辺見庸

 

→これでは、「ひどい、ちがう!」とかんたんに確信をもって言う人(言える人)や、熟考しつづけての結論から言下にそう言う人(言える人)がいるという事実と、彼らの生存感覚や自己規律への洞察・言及が欠落している。

 

「生きるに値する存在」と「生きるに値しない存在」の二分法的人間観は、いまだ克服されたことのない、今日も反復されている原罪である。他から求められることの稀な存在を愛することは、厭うよりもむずかしい。だからこそ、その愛は尊い。青年はそれを理解する前に、殺してしまった。かれはわれらの影ではないか。(辺見庸

 

→「原罪」という語よりも「罪業」という語を用いるべきではないか。「原罪」と言ってしまうと、(辺見庸がそのように考えているならば別だが)「人類(すべての人間)の生得的罪」「永遠に克服されることのない罪」としてとらえられるおそれがある。

 

→「他から求められることの稀な存在を愛することは、厭うよりもむずかしい」という表現は厳密さを欠く。「稀にでも他から求められる存在」であれば、けっしてそんなことはない。存在者は誰もが「稀にでも他から求められる(面をもった)存在」なのだ。

 

→辺見は「だからこそ、その愛は尊い。青年はそれを理解する前に、殺してしまった」と述べる。そこでは殺す、嫌うといった行為が「愛」との対比で用いられている。だが、それこそ二分法的思考の表れである。そのかんにはさまざまな意識・感情・行為があることを見落としている。ここで愛と殺人・嫌悪という語をたやすく使うことはないだろう。たとえば、その存在の認識を「忍耐」するという営為もあってしかるべきだし、「愛」という純度の高い認識・営為だけを対比させるのではなく、ほかにも多様な認識・営為があるからだ。

 

→「かれはわれわれの影ではないか」との表現を(同種表現を含めて)辺見はよく使う。しかし、これは辺見以外にも他の作家が以前から用いていたものである。

 たとえば1969年に連続射殺事件を起こした永山則夫について、中上健次は次のように述べている。

 

 永山則夫という犯罪者は無数の永山則夫のうちの一人なのだ。(中略)無数の永山則夫と、唯一者永山則夫のちがいは、犯罪をおこなったか、否かである。(中上健次

 

 また、辺見庸が「われわれらの影」と書いてしまうと「私をその<われわれ>の中に入れるな」と異議申し立てをする人びと(の声)がかき消されてしまう。青年(植松聖)の意識・動機と行動に対して安易に同一化(包摂)することは、画然とかれと異なる者の存在をないがしろにするに等しく、断じて許されることではない。 

 

 中上も辺見も、これは一種のレトリックとして使っているのだろうが、唯一者とそれ以外の人とを峻別するという重要な点がぼやけてしまっている。(ただし、中上は辺見と違って「われわれの」とせずに「無数の」という語を用いているが)。

 

 

B-34 「なぜ在る?無くても良いだろうに」: 最新作『月』について

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 江藤淳は次の言葉を残し1999年7月21日、自殺した。

  「心身の不自由が進み、病苦が堪え難し。去る六月十日、脳梗塞の発作に遭いし以来の江藤淳は、形骸に過ぎず、自ら処決して形骸を断ずる所以なり。乞う、諸君よこれを諒とせられよ」

 これについて辺見庸は、「形骸に過ぎないこととは、果たして恥辱なのか辱めなのか。形骸のように生きることにはまったく実存的意味はないのか」と疑問を呈した。

 吉本隆明をはじめとする人々が、江藤淳の最期について、死に際がすっきりした人だとか、遺書はさすがに名文だとか評価した中においてである。

  だから辺見庸の『月』での「さとくん」の問いかけや批判は、辺見庸がそのまま首肯してのものではないことは自明である。

 「ただ在るってだけで、幸せっていえますかね。なくなることはいけないことですか?なくすことはわるいことですか?」と問うて重度心身障がい者を殺す「さとくん」を、辺見庸が『月』で肯定的に描いているはずがないのである。また、それと同一線上の思考から「無傷で、手ぶらで、権利だけを叫ぶ人や、いわゆる善の側にたち、お気楽で、ずるい人」を難じる「さとくん」をそのまま容認してはいない。そのように「推察」できるのである。

  では、逆説的表現ないし問題提起として見た場合についてはどうか。

 「"さとくん゛は、なぜ"かれら゛を殺したのか?"さとくん゛は、いったい、だれなのか?」。

 「何故在ったか。無くても良かったろうに。何故在るか、無くても良いだろうに」。

 「なぜ、なぜ、いつまでも『在る』の状況から解放されないのか。解放されてはいけないのだろうか。在りつづけるほうが、かえってひどく空虚ではないのかしらん」。

  これらの言辞を、暗闇から臍帯を通して聞こえてくるかのような辺見庸の呻き声とするならば、読者は困惑せざるを得ない。辺見庸の逆説が逆説になりえず、問題提起の中に提起者の肉声がコンタミネーションとして混入していないと言い切れないとするならばである。

  突然だが、話をここで「老人問題について」に変えよう。

  敬愛したくても、とてもじゃないけどそんな気になれないというのが、老いというものの本質的な実相であり、長寿を祝うどころか、早く死んでもらいたいとさえ思うような、そういう悲惨な状態をハッキリ認識した上で、なおかつ老人を見捨てないという忍耐が、老人問題のすべてである。

  そして老いに対する江國 滋のもう一つの視点はこうだ。

「確実に破壊されてゆく肉体と精神の、そのボロぎれのような姿もまた人間の尊厳の一つに他ならない」。

  江國 滋のこれらの言葉は傾聴すべきだろう(彼が、ディレッタントないし口舌の徒の面があるとしてもだ)。

 ここでの「老人」(破壊された肉体と精神の老人)を「重度心身障がい者」と読み替えたとき、彼らを見捨てず忍耐する(固くしなやかな心で耐える)、ましてや死んでもらいたいとも思わないし、殺したりはしない。重度心身障がい者も人間の尊厳の保有者として同じであるからだ。

  ところで彼らが生きる世界(現実)はどのようなものなのか?

 個体の思念と行動を規定する「生存感覚」「自己内規律」「言語」の三層構造、それらの関係性での齟齬、人びとの心の内奥での「持続する共感」そして「疎通」などありえないというのが現実なのではないか。

  これらのことが、辺見庸によって(権利主張や自己欺瞞への批判からだけでではなく)、どのように思考され表現されているのか。『月』の読みどころである。

 

B-33 小説『月』の出版:執筆中断(放棄)宣言の顛末

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 辺見庸の『月』という小説がKADOKAWAの書籍PR誌『本の旅人』に連載されていたが(2017年11月号~2018年8月号)、連載は2018年8月号で最終回となった。その末尾には、次の表記はなかった。

 *本作はノベルスとして小社より刊行予定です。

  (最近の作品では次の作品にはその記載があったのだが)。

 ・花村萬月「ニードルス」2018年1月号

 ・馳 星周「新宿ゴールデン街」2018年7月号

 ・西村京太郎「知覧と指宿枕崎線の間」

  KADOKAWAの編集・営業担当の段階では辺見庸の『月』は単行本の出版からは外れていたのだ。その状況を知るための伏線は辺見庸の執筆中断宣言ないし執筆放棄宣言があった。

 

 「もう下手なものを書くことはない。(略)第8回までつづけた『月』の連載をやめることにした。読者には申し訳ないとおもう。 

 

 その理由として、「ほとんどのことについて感覚があわなくなってきた。あわせる気力もなくなりつつある」と、辺見は自身の公式ブログで綴ったのであった。だが、実際は、単行本としての出版をめぐってKADOKAWAの担当と意見の食い違いがあったと推察する。

 『月』はどう見ても一般受けしないどころか、相模原市で起きた障害者施設殺傷事件に励起された小説で、人間の尊厳に関するセンシティブな問題を内包し、誤解・偏見で社会から受け止められかねない作品である。出版社としては営業的に芳しくない事態が生じかねない作品であった。

 『月』の執筆当初のいきさつがどのようなものであったのかは不明だが、辺見は単行本出版をKADOKAWAに強く迫った(のではないか)。彼にしてみれば最後の単行本になるかもしれない作品であった。それよりもこれまで辺見は「全的滅亡」「存在することの意義と無」などを考究してきたのであって、そのことを含め彼の作家としての思索の総決算ないし突き詰めて到達した思考地点を表現したものだったからである。

 結局、KADOKAWAは出版を決めた。そしてゲラ刷りにかかり今年中に出版されるべく進んでいる。

 辺見ファンは一定数いるが、そのうちこの『月』を読みこなす者が何人いるのだろうか。辺見はたぶんそんなことはどうでもよいと内心思っている。彼は『月』という作品によって彼の最後の思念を絞りだしたのだ。それを残して置きたかったのだ。

 

 これとほぼ同時期に出版が内定した、上掲の西村京太郎『知覧と指宿枕崎線の間』などと比べてみても内容的には雲泥の差がある。

 『知覧と指宿枕崎線の間』は特攻隊で死んでいった若者たちの話を題材にした殺人事件小説である。

 最終回の下りで、主人公の刑事が、開聞岳の近くにある寺の住職に会いに行き、そして問う。

「特攻について、どうお考えでしょうか?」住職は答える。

 「私は、特攻について一つのことしか考えられません。それが自主的な行動なら、誰が何といおうと、すべてが崇高なものであるはずです。しかし、それが命令された、強制されたものなら、こんな奇怪な、醜悪なものはありません」

 それだけいって、黙ってしまった。

                             (了)

 特攻隊員として死んでいった者の行動が、自主的な行動であったのか、それとも強制されたものであったのか。二分法で捉えられることなどできるはずがない。そんなことさえ吟味せずに小説の最終回に軽々しいフレーズが記されているのだ。

 

 辺見は自作『月』が出版される日を待っている。もちろん辺見庸の愛読者たちも。

 

付記

 この件については、当ブログ  B-28回  も参照れたい。

B-32 「月」

 

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 辺見庸が雑誌『本の旅人』に連載していた「月」(にくづき)が8月号で最終稿となった。終了の間際近くに連載中止(放棄)の意向が辺見によって表明されたものの、その後、彼は翻意し何とか最終回までこぎつけた。しかし辺見庸には描き切った満足感はないだろう。描き切れるほど軟な題材ではないのだから。

 

 人それぞれが思い描く「真」の心象(月)、それを凝視しつづけ、今まっすぐに突き進む。虹(投影態)が身体から立ちのぼり月に架かる。これをどのように考え描くのか?否定すべき状況を判断し、いっそ滅亡をとの内語に応えることが真っ当なことなのか。

 

 辺見庸の「月」連載最終回にこんな文がある。

 

     

 もっともっと全的な無。どこにも比較するもののない、闇に似て、闇でさえない無。どこまでも、ひたすらはてのない無。(中略)みられず、さわられず、おもわれない、無。シモングモとイエユウレイグモなら、いっぴきずつ、いてもいいかな。(中略)

 

 なぜ、なぜ、いつまでも「在る」の状況から解放されないのか。解放されてはいけないのだろうか。在りつづけるほうが、かえってひどく空虚ではないのかしらん。

 

『月』の主人公の「さと」くんが見た月と虹。しかし、それは存在そのものの全的滅亡状況と対峙し、絶望し、幾度となく逡巡しつつも個の内的必然から実行する(実行せざるをえない)者が見る月と虹とは似て非なるものである。

 

 個体の思念と行動を規定する「生存感覚」「自己内規律」「言語」の三層構造、そこでの関係性の齟齬。元来、人びとの心の内奥での「持続する共感」そして「疎通」などありえないというのが存在する者の現実である。

 サイコパスでも統合失調でもなく、脳内の共感器質・意思疎通の働きの脆弱ないし偏り、その受容を、程度の差(ゼロから100)こそあれ前提として存在が成立しているのだ。

 

 補遺

   求められるのは上記構造における思考循環そして脱権力・脱権威・脱消費資本主義である。殺戮の歴史を意識の底に押し込め、国家の罪業である「戦争」ではなく、人は何とか「明日につながる」いのちそして暮らしを紡いでいる。

 

 

 

B-31  彼我の狂気

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    相模原事件の植松聖被告は「意思疎通がとれない人間は安楽死させるべきだ」と言った。それは生まれてくる人間の生命の選択操作にもつながる考えだ。

 優生思想には歴史があり、心の深奥でそれを肯定する者の存在を認めざるを得ないばかりか、人びとの心にひろがり、やがてそれは「社会や国家に役立たない者の排除、抹殺」の思考と行動となる。背景には、国家(権力による暴力装置)が有無を言わさず人びとを追い立てていく仕組みがある。植松聖被告によって殺された施設の入所者たちは実はそのようなニッポン国によって殺されたも同然である。

  辺見庸は記す。

 「わたしたちはもっと狂うべきだ。そして、もっと狂うはずである。さらに狂わなければならない」(2018年7月13日、ブログ)。

 

 ここで示された「狂」とは何なのか?

  若者に問いかけると「ふつう」との答えが返ってくる。いくつかの質問にも答えは同じく「ふつう」。当人は至って平然としている。

 狂が普通の顔で蔓延している。普通の中身がすっかり狂に変質している。そのことに気づくと「ふつう」の中で生きられなくなってしまう。

  精神の活動域も狭くなる。これでは此方での狂気に耐えられないから、あちらで本来の生体を確認するべく思い切って跳躍するしかない。

  だが、あちらの世界は此方での狂を反照していているのだった。しかも、容易には引き返せない。引き返したとて絶望の淵に落下するのが関の山だ。

  では、別の世界はどうなのか。超然とした世界を捜す。何とか当たりをつけて見つけ出すがすでに結果は出ている。狂を超越しているとされる世界もまた狂が仮面をかぶっているだけなのだ。それでも一時は超然としたふりを決め込むが長続きはしない。

 普通の顔をした狂への「憎悪と絶望」を吐き捨て続ける日々がつづく。