辺見庸 研究 ~内宇宙への旅~

辺見庸の発言は、ときに「荒れ球」や「魔球」もあるが、「剛速球」が身上である。その根源にある思考とは何か。

B-5 もの食う人びと

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     子どもたちが 戦争や失政に巻き込まれ飢餓に陥り、やがて飢え死にする。当該国家の犯罪(クライム)であることは明らかである。

 だが辺見庸は、原因は戦争等の当該国のクライム(罪)のみならず、それらに直接・間接にかかわる国家のクライム、さらには国家そのもののスィン(罪業:ざいごう)にあるという。しかもそれを支えているのは普通にものを食い、または飽食している私たちなのだと。

 形而下の『もの食う人びと』について書くと言いながらも、やはり辺見庸は形而上的に「子どもたちの飢餓と餓死」を考えている。

     飢えて食を求めて彷徨う子どもたちの群はまるで影絵の行進のようであった。横たわって小便を垂れ流し、ただ死を待つ彼ら彼女らは、あたかも何百年も前からの入定ミイラのようでもある。修羅と聖なるもの。この相反する二つの意味を、老人とも仏像ともまがう面差しになった五歳児や六歳児が、無声のつぶやきとして語るのである。

    聖なるものは死にゆく子ら。子らを飢え死にさせる修羅も餓鬼道も、大人の側にある。すなわち、子どもたちを餓死させる責任は国家と政治にあり、同時に国家と政治を超え、私たちにある。

(『いま、抗暴のときに』2003年、164-165ページ)

 

 

B- 4   米日の「思惑」

                                                 f:id:eger:20170709084518j:plain

     スケジュールに沿って北朝鮮はミサイルを撃つ。官房長官がショックドクトリンよろしくそれを発表する。内心、ほくそ笑んでいるかのように。「脅威」の効果を最大限利用しようという下心。「オオカミおじさん」は見抜かれてしまっている。ミサイルを撃たせないようにするのが政府の責務ではないのか?

 

  辺見庸は述べる。

  私は本質的には北朝鮮を「脅威」と考えていませんが、米国にしてみればイラクより北朝鮮の方が軍事的脅威でしょう。だったらなんで北朝鮮をやらないのか。それは北朝鮮が手ごわいからです。

 北朝鮮に対しては94年に一度戦争を構えたことがあります。寧辺(ヨンビョン)の核施設をめぐって米朝関係が緊張したときです。米軍側は当時、開戦から90日で米兵5万2千人、韓国側に49万人の死傷者がでると予想しました。38度線沿いの地下陣地に北朝鮮は一万門以上の大砲を備えており、米国はうっかり手をだしにくいといわれます。米国という軍事大帝国は制しやすい相手からやっています。

 アフガニスタンへの攻撃もそうでしたが、米国は意にそまない国に対する死刑執行人となっている。しかも裁判官と検事と死刑執行人を一人で兼ねている。

(『単独発言 99年の反動からアフガン報復戦争まで』角川書店、2001年。のち『単独発言 私はブッシュの敵である』と改題、角川文庫、2003年、67ページ)。 

 

 米国、ニッポン、北朝鮮、それぞれの政治リーダーたちの国内「失政」のカバー策として軍事作戦を利用する。とりわけアベは見苦しい。北朝鮮からのミサイルの標的はあくまで米国であるにも拘らず、あたかもニッポンに向けられているかのように宣伝し「Jアート」をちらつかせ国民を愚弄する。国民はその欺瞞にとうに気づいている。

 

 追記

 窮鼠猫を噛んで、米国に向けて仮に北朝鮮のミサイルが発射され米国がそれに応戦する。当然、北朝鮮は反撃するが、その矛先は韓国(ソウル)および日本(沖縄)である。中露はすぐには参戦しない。最悪は、核戦争。そんなシナリオだ。

  その事態を回避には、北朝鮮の現体制の内部崩壊(最終的には核開発とミサイル実験およびキム体制をいったん認めたうえで、それを促す)戦略しかないのか。 (確言できない)。

 いずれにしても、世界の現実は核兵器の均衡のうえに立ったfragileな構造であることに違いないが、「北朝鮮問題」を政局の具に使い回している米日の政治はお寒い限りである。

 

 

 

B-3 “生と死“:辺見庸の潜思

「死」について。

 辺見庸は「死」について、深くかつ多角的に考えた作家である。 死はどのみち遠からずやってくるとはいえ不条理な死が多く、「普通の死」がいかにかけがえのないかを思い知らされる。辺見は著作の中で国家の「殺人」である死刑について反対の立場から多く言及しているが、それ以外にも次のような死について述べている。

  戦死 拷問死 安楽死 憤死 慙死 慚死 狂死 横死 熱死 大量死 被爆死 賭した死 孤独死 自死 自餓死 爆死 病死 自然死 悶死 犬死(に)水死 縊死 溺死 窒息死 尊厳死 難死 無為の死 

 精神的な死 国家の死 言説の死 哲学の死 戦後民主主義の死 

(これら以外にも、次のような死もある)。

 斃死 頓死 冤死 討死 情死 殉死 獄死 「殺され」死 客死 諌死 焚死 変死 佯死縊死 圧死 凍死ほか 

 

 辺見庸の死に関する文章の中から選んで、次の文章を記す。

 【死の不等価】

 米国人一人の死は、たとえば、アフガンの住民あるいはイラクの住民百人、いや千人の死に、事実上、匹敵する、ということだ。9・11テロとその後の事態は、世界に対し、そのことを問わず語りに告げた。つまり、(実際には昔から引きつづいていた)言説の無効を、あらためて宣言したのだ。

 

戦後民主主義の死】

 権力が強権発動してやったんじゃない。むしろ、自然に受け容れてしまった。戦後民主主義が死がいとなって横たわっている。集合的な気分としての民主主義。それがいま、全体主義になっていく。危険な水域に向かっています。

 

【死者と生者】

 いま自分がどこにいるのか、いま自分はどの時間に立っているのか、人と人の関係はどうなのか。もっと極端なことを言いますと、われわれは本当は死んでいるのかもしれない。われわれは死んで語らっているにすぎない。われわれは生きているのだと勘違いしているだけで、本当は死んでいるのかもしれません。そのくらい見当識が危うくなっている。

 

【補遺】

 小山俊一による「殺され」死という概念の捉え方は鋭い。

 「たとえば炭坑事故による坑夫の死、漁船遭難による漁夫の死、工事現場の事故による出かせぎ人夫の死などは、文字どおり「殺され」死だといえる。その「殺され」方に刻印されている階級性もだれの目にも明らかだ。(中略)

 ところが一方、私の死と坑夫や漁夫たちの死とを端的にならべて比べてみるとき、そこには単に「殺され」性の鮮明さ濃厚さの度合のちがいに帰せられないある鋭い相異があるのが感じられるのはなぜか。

 それは、私の生と彼らの生とが地つづきでつながっている面をもつと同時にいくつもの断層で切れている面をもち、ある断層においては彼らの生と私の生とはほとんど対立している(そのため彼らが「殺され」る場合に私の生の重みが彼らを「殺す」側の秤り皿にのっているという場合さえありうる)ということが、双方の死の姿に反映しているからにほかならない」。

(小山俊一『EX-POST通信』)

 

 

B-2 安倍内閣による「執行権の濫用・独裁」そして「ファシズム体制」への疾走。

 辺見庸ファシズムは現在すでに始まっていると警告している。実際、国会での多数派を盾に、アベの「やりすぎ」が横行しているのである。

 ファシズムの政治体制の形式的特徴は、執行権による独裁であり、それは政策決定過程からの議会の無視、審議の排除にあらわれる。まさに国民の無視である。解釈憲法による憲法違反の法律がまかり通り、国民の自由を奪う法律が雨後の筍のごとく制定されている。

 

 ところでファシズムって何だ? 

 それについては山口定がすでに体制の標識(山口定『ファシズム岩波書店、pp.328-329)として的確に示している。それを現在の政治状況に照らしながら紹介してみよう。

 

ファシズム体制の標識>

 ①既成の支配層のなかの反動化した部分といわゆる疑似革命勢力との広い意味での政治的同盟の成立。

 ⇒自民党右派(日本会議系)と小池百合子橋下徹の支持層及び支持党派、民進党の右派、公明党右派などの政治的同盟。

一党独裁と、それを可能にする政治的、社会的な「強制的同質化」の貫徹。

 ⇒「他にマシな政党がない」との消極的支持による自民党の多数議席獲得。それを支えるマスメディア報道と小選挙区制度。

自由主義的権利の全面的抑圧と政治警察を中核とするテロの全面的制度化。

 ⇒通信傍受法、特定秘密保護法、安保関連法、「共謀罪」法、国家公安委員会、監視社会化(監視カメラ、通報など)、ショックドクトリン策(Jアラートなど)、裁判所の反動判決

NHKの報道等自主規制、総務大臣のマスコミ報道規制発言、右派言論人の政治的利用

④「新しい秩序と」と「新しい人間」も形成に向けての大衆動員。

 ⇒ 国旗国歌法の制定、義務教育などへの教育勅語の組み込み、憲法への「家族条項」組み入れ策動。  

 

 上記によって、結局、ファシズムは通常の経済や市民の自由を全面的に「壊滅」させる。その貌を山口は述べる。

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  ファシズムのもとでの資本主義はノーマルな姿からは大きく逸脱した「狂った資本主義」なのである。 (中略)

 そこでは財界では極反動派が指導権を握るようになり、市場経済ファシストによる「命令経済」が大きく割り込んでくる。再軍備経済の全面化によって、資源や労働力の国家統制、最高賃金制と強制労働(徴用と勤労奉仕)の導入から、はては、軍事目的のための国家財政の濫費、支配機構の肥大化による膨大な行政経費というのが、どこの国でもファシズム体制下の資本主義経済の実態であった。(『同上書』pp.328-329)

 

 自由が奪われる。息苦しさが市民を襲う。

  ファシズムが敵として設定し、その絶滅を目指したのは、共産主義政党や労働運動ばかりではなかった。一見全く非政治的に見える文化的サークルやおよそそこに自立した市民の自由な結合関係があるところでは、どこでも、ファシズムは将来の「体制への批判」の土壌となりうる可能性を嗅ぎつけて、これを徹底して破壊しようとした。(『同上書』p.325)

B-1 参考資料:辺見庸の略歴  (辺見庸研究~内宇宙への旅~)

辺見庸の略歴
  
1944年  宮城県石巻市生まれ(1944年9月27日)。
1962年 18歳 宮城県石巻高等学校を卒業、早稲田大学第二文学部社会専修に入学。
1966年 22歳 "早稲田大学第二文学部社会専修を卒業(大学卒業後も、中国研究所付属学校で中国語を学ぶ。中国語学校で夜間講師を務めるなどした)。
1970年 26歳 共同通信社に入社(横浜支局勤務)。
1977年 33歳 共同通信社北京特派員になる。
1978年 34歳 北京特派員(第1回目の)時代、中国報道で日本新聞協会賞受賞。
1981年 37歳『近代化を進める中国に関する報道』(最初の北京支局勤務を終えて帰国し1980年に執筆、1981年『アジア』1月号で発表)。
1984年 40歳 二度目の共同通信社北京特派員になる。

1987年 43歳 胡耀邦総書記辞任に関連した中国共産党の機密文書をスクープし、中国当局から国外退去処分を受けた(二度目の北京特派員時代)。二度の北京特派員として通算6年間勤務。
1987年 43歳 (アメリカに研修留学)。
1989年~1991年 45歳~47歳 共同通信社ハノイ支局長に就任 (1年数か月勤務)。
1991年 47歳  『ナイト・トレイン異境行』文藝春秋。のち『ハノイ挽歌』と改題、文春文庫、1995年。
1991年 47歳 『自動起床装置』で、第105回芥川賞を受賞(共同通信社 外信部次長時代
1994年 50歳 『もの食う人びと』(30万部を超えるベストセラー)で、第16回講談社ノンフィクション賞、JTB紀行文学大賞を受を受賞
1996年 52歳 共同通信社を退職。執筆活動に専念。
2004年 60歳 (脳出血で倒れる)。
2005年 61歳 (ガンを患っていたことを公表)。
2006年 62歳 執筆活動を再開。『自分自身への審問』を上梓。
2011年 67歳 『生首』で第16回中原中也賞受賞。
2012年 68歳 『眼の海』で第42回高見順賞受賞。
2016年 72歳 『増補版 1★9★3★7』で第3回城山三郎賞受賞。
2017年 73歳 現在に至る。
  
 註1:  2017年6月20日作成 (出所:公刊された資料・文献)。

 註2:ここに掲げた著作は全著作の一部です。

 

100.辺見庸の「置き文」

 

 生き苦しさが増している。むしろ「息苦しい」といった方がよいかもしれない。右傾化なんて言葉では片づけられないほど、価値観の底が抜けてしまっている。この苦しさの理由は根深いところにありそうだ。

 宮城県石巻に生まれ、太平洋沿いの海岸近くで育った辺見庸は、少年期、潮騒と海鳴りを聞きながら、なにか「妖しい」気配を感じていた。だからなのか、長じてからも「根はとてつもなく明るいけれども、世界観というか未来観についてはひどいペシミストだった。とても暗い。」と彼は自己分析する。

 もちろん辺見は、経綸の視点から「気配」を感じてきたのではない。世の中がどうなろうと自分という「個」なのだ。「個」の自由( 最も重要なのは精神の自由だ )を望むゆえに世の気配の変調を許せないのである。そのことは、辺見庸の自己描写によって明らかである。

 

「僕には抵抗という意識はない。世のため人のためなんて発想も一切ない.本当は世の中なんてどうなったっていいのです。ただ要するに、自分の快不快のため、口はばったいことをいえぱ、自分の実存の“芯”を意識していたいから、いわざるをえないということですね。」(『いま、抗暴のときに』208ページ。)と彼は率直に述べているのである。

 

    離婚し家族が去った。その後2004年3月に脳出血で倒れ、その後リハビリに努めるものの後遺症は寛解しない。

 脳出血とほぼ同時期にガンが見つかったことも(快癒したとはいえ)心身に一抹の不安を残していると思われる。

 それに拍車をかけるように国内外の政治経済状況の歪みが耐えられなくなるほどひどくなった。愛犬(つれあい)と暮らす。

 彼の根っからの気質が次第に露わになる。「エキセントリックな任侠左翼」の面が現われたのではと見るふしもあるようだが、それはすこし違う。

 

「わたしがごくおとなしく、フッウに正気で、平和的で、非倒錯的で、いわゆる正義の味方だ・・・というのが平板な誤解である」(『いま語りえぬことのために―死刑と新しいファシズム』184ページ)。

  

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 辺見庸が自らの「生」の限界を実感したのは、脳出血で倒れてからであることは間違いないだろう。後遺症によって、倒れる前のようには身体が思うとおりにならなくなるとともに徐々に苦痛が増している。

 「古い言葉だけど、ぼくはネアカなんですよ。手術のころは身体中にチューブをつけたまま下手な冗談を言ってました。ぼくの人生ってのは、どのみち半ば以上にジョークみたいなものだ、という不謹慎な考えが抜けないんです」(『記憶と沈黙』104ページ。)と、強がってはいるが、脳出血で緊急手術しガンが見つかってからの著述ではあきらかに変化が起こっている。

  

 「東京都公認の二級の身体障害者であります。バッイチで、犬と暮らしております。」と自嘲的なことばを吐く一方で、辺見庸の著作は「置き文」の色彩が濃くなっていると思われるのである。

 以前にもまして彼は自身の精神の内奥を凝視し、言わなければならないことを独白のように書き綴っている。そのなかには、心のうずきに堪えられなくなって発せざるを得なくなって書いている文もあると推察する。

 

 置き文と思われる文章は少なくないが、その中から彼が潜思のすえに心境を語っている( と筆者が推察する )三つの文を以下に掲げる。

 

静謐

 私は誰より静けさが好きだった。寡黙で静謐な人間を好んだ。大声で話す好人物よりもいつももの静かな連続殺人犯のほうがよほど好ましいと思ったこともある。おめく自分を誰よりも軽蔑していた。医師に声帯を抜いてもらおうかと考えたことだってあった。終いには自分のあらゆる発声、発語まで嫌いになった。

 だが、私は結局わめきつづけたのだった。無伴奏チェロ組曲をとことわに黙って弾きつづける老人には残念ながらなりえなかったのだった。数十年怒鳴り、すごみ、わめきつづけた末に血圧は極点まで上がり、血管がボロボロになった。挙げ句の果て、私はやはり声高に何ごとか人々に訴えている真っ最中に脳出血で倒れ、それでも死にきれずに、これが怒鳴りつづけたことと関係があるかどうかつまびらかでないけれども、今度はご丁寧に癌まで患った。何という大ばか者だろう。私はロボトミー手術でも受けて、伊豆かどこかの陽当たりのいい別荘地あたりでニコニコ笑いながら余生を生きればよかったのだ。

(『自分自身への審問』163ページ)。

 

受傷者のことば

「そんなにえらそうなことは言えないですけどね。僕自身としては結局言葉や文は、何かを失ったり傷を受けたり奪われたりしないと生まれてくるものではないんだと思います。お金や地位や豊かな言葉や、いい嫁さんやいい旦那さん、何も失わずにそのすべてを手に入れるということは断じてありえないですよ。

 つまり、ものを書くということは、俳句であれ詩であれ散文であれ、受傷が前提にあるのだと思います。もしかすると自分では傷を受けていることに気がつかない人もいるのかもしれない。傷は主観的なものですから、それぞれ感じ方は異なるのですが、いずれにせよ受傷をきっかけに文は生まれてくるのだと僕は思っています。

(『明日なき今日』138ページ)。

 

日常への拒否

「ぶかっこうなもの、とるにたりないもの、弱々しいもの、形をなさないもの、無価値とされるもの……そういう原存在の側から、システムに同化することを完壁に、かつ穏やかに拒絶した男。いまの日常に余儀なく生きる私たちはバートルビーにそんな像を見てもよいでしょう。〈決して有用でないもの〉―ここにこそ存在の原点がありそうです。

 私たちは一呼吸するたびに、一歩歩くごとに、食べ物を一回噛むごとに、愛を語るごとに、詩を一編書くごとに、死ぬごとに、生まれるごとに、資本主義に奉仕しその延命に手を貸しています。市場はわれわれのためではなく、われわれがもっぱら市場のためにあるのです。私たちは常に有用であることを求められています。慈しみも優しさも愛と美の千態万状も、市場に吸収され市場から吐きだされる「意識商品」にすぎなくなりました。それが私たちの日常です。

(『たんば色の覚書』167ページ)。 

  

 

99.「自己規制」や「忖度」を強いる社会は精神の自由を侵している。内面荒れ狂う辺見庸の言葉。

  不自由であってもいろいろ悩まずにすむからといって怠惰な安寧に逃げ込まない。だが、まっとうに生きようとすれば権力に殺される、「殺され死」せざるを得ないが、各人が各様に葛藤しながら行動するしかない。そのことを肝に銘じながら生きる。それが十字架を背負って生きるということではないか。

 十字架の前で祈れば神に救われるなんてすり替えである。壮大な哲学・思想・宗教理論は観念のお化けの世界であり一種の魔界である。

 

 自由を侵すもろもろに対して怒り、批判する。撃つことだってありとする。そして責任を取ること、誠実であること、それらができないことを恥とする。

 人間にとって最も大切なことは、結局、「自由」であることである。辺見庸は心底からそう考えている。「自己規制」や「忖度」を強いる社会は「個」の自由を侵している。 

 

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 ところで、次に、辺見庸の激言、極言、直言を記したい。わたしたち一人ひとりに突き付けられた問いである( 少し分量が多いがじっくり読む価値があると思います )。

 

異視点からの主張

〇中国と戦争やるのか、ロシアと軍事力を競うのか。事実上、九条は機能していない。非核三原則だって危ない。武器輸出の原則も崩しつつある。そうしてこの国がいくら軍備を増強したって、あんなマンモス象みたいなのにどうやって対抗するのだと、その非科学性を言っているんです。九条死守より軍備増強のほうが客観的合理性を欠くのです。

 だから米国の軍事力に頼れ、日米安保を強化しろ、沖縄は我慢しろ、というのは絶対に違う。その逆です。身体をはった徹底的なパシフィズム(平和主義、反戦主義)が僕の理想です。九条死守・安保廃棄・基地撤廃というパシフィズムではいけないのか。丸腰ではダメなのか。国を守るためではなく、パシフィズムを守るためならわたしも命を賭ける価値があると思います。(『明日なき今日』113ページ)。

〇僕は、すごく変ないい方をすると、あの憲法は、言葉のもっともいい意味で反国家的だと思う。反国家主義で反権力主義です、あれは。現状の反動化と戦う最大の武器です。あんな憲法はないです。あんな憲法はないということを、僕は非常に高く評価するわけです。各国憲法史上はじめてですよ。戦力不保持を明言ずる。読めば読むほど、筆者の深い思いのこめ方を感じますよ。GHQの強圧だけでは、ああいう深い意思を表現したセンテンスというのは、前文もふくめてでてこないんじゃないか。(『単独発言』136ページ)。

〇映画でも文学でも偽善は絶対いけない。だからこそ安っぽいヒューマニズムもいけない。だれにでも利用されるような、どんな政党にも、どんな政治的綱領にも使われるような安手のヒューマニズム、人権という言葉はいらないと思うのです。

(『不安の世紀から』226ページ)。

〇「善人」よりも「悪人」といわれているひとの話のほうが、聞いていて引き込まれる。あきらかに存在として底光りする魅力があるのです.つまり、善魔よりは悪魔のほうがよほどおもしろい。ユーモアもある、深みがある、ということがいえると思うのです。

(『いま語りえぬことのために―死刑と新しいファシズム』72ページ)。

 

直言

〇見ないこと、知ろうとしないことくらい非人間的なことはない。

(『抵抗諭一国家からの自由へ』258ページ)。

 〇他者の苦しみを苦しむことができない。隣人の痛みを痛むこともできない。絶対にできない。にもかかわらず、他者の苦しみを苦しむことができる振りをするのがどこまでも巧みだ。

(『たんば色の覚書 私たちの日常』 20ページ)。

〇いまという実時間の最中に「思う」こと。思惟すること。それを自分の言葉にして表現すること。ときに自己決定をみずからに迫ること。それこそが、この時代にあっての私の抵抗といえば抵抗なのです。

(『絶望という抵抗』258ページ)。

 

テロ

テロリズムとは、こちら側の条理と感傷を遠く超えて存在する、彼方の条理なのであり、崇高な確信でもあり、ときには、究極の愛ですらある。

(『単独発言』49ページ)。

こちら側の生活圏で、テロルは狂気であり、いかなる理由にせよ、正当化されてはならない、というのは、べつにまちがってはいないけれどあまり容易すぎて、ほとんど意味をなさない。

(『同上書』49-50ページ)。

パレスチナ自爆テロがまちがっているなんて、とてもいえませんよ。

(『いま、抗暴のときに』222ページ)。

〇あらゆる誤解を覚悟していうなら、私はそのこと(同時多発テロ)に、内心快哉を叫んだのである。

(『単独発言』51ページ)。  

〇男への死刑の執行、その怖れに打ち震えているのである。新たなる9・11並みのテロ、スペクタクル、戦争よりも、国家による私の友人殺しのほうに心底打ちのめされる。

(『独航記』425ページ)。

〇私は、そして読者よ、〈時の共犯者〉よ、後に虹の不首尾を知ったとき、内心なにを想ったか。臓腑をすっぽりなくしたような虚脱とともに、<虹よ、いっそ架かればよかったのに>と、一刹那なりとも無神経に考えはしながったか。白状しよう。私は脳裡のスクリーンに派手やかな虹を架けてみたことが一再ならずあったのだ。

(『記憶と沈黙』71ページ)。

 

死刑の廃絶

〇死刑制度をどう考えるか。その答えのいかんで、その人の思想や世界観の一端どころか、おそらくはいちばん大事なところが見えてきます。人間観の中心部分も照らしだされます。

(『単独発言』256ページ)。

〇『永遠の不服従のために』では、「人間はどこまで非人間的になれるのか」ということも考えましたが、僕はこれを確定死刑囚の友人がかつて犯した罪に向けているのではまったくなく、死刑制度や戦争という国家犯罪に向けていっているのです。

 エンツェンスベルガーは、私的な殺人は公的な殺人と比べものにならないほど数が少ないと指摘して、国家の存在自体が犯罪なのだということを証明しようとしましたが、人間の非人間性は私人からではなくまさに「非私人」の組織体から発生するように思われます。

 僕は死刑制度に反対です。そのことと戦争に反対することは、僕の内面では、ほぼ同じことなのです。

(『いま、抗暴のときに』234ページ)。 

〇ニッポン的、あまりにニッポン的な絶対的空無の深淵とでも言いましょうか。その明度、彩度、色相において、禁中と刑場は、はなはだ申し訳ないけれども、通底しているのではないか、似ているんではないかと私は怪しむし、怪しむ権利があると思います。

(『いま語りえぬことのために』76ページ)。    

 

天皇

天皇一家の人権を考えようとしない。実際上の人権蹂躙なのです。逆にまた担ぎ上げようという「天皇制利用主義者」と「天皇制的俗物」たちの動きがある。そういう日本的なイデオロギーというのかな、日本的な慣性やニッポン型ファシズムの「矮小性」というものを下支えしているのは、やはりマスメディアだね。

(『明日なき今日』53ページ)。

 〇戦前、戦中の日本の天皇ファシズムは、たしかに苛烈な一面をもっていたけれども、それはかならずしも上からの絶えざる強圧的統制、全面的かつ暴力的弾圧を必要とするものではなかったともいわれます。下(民衆レベル、マスメディア、教育・文化界)からの協調主義的全体主義化や日々、自然に醸成されていく〃おのずからのファシズム〃といった側面もありました。朝野あげてのその摩擦なきファッショ化は、ナチス・ドイツも羨ましがったほどだった、といわれます。

(『瓦礫の中から言葉を わたしの〈死者〉へ』85ページ)。

〇漂白された嘘の風景は、あの日以来、世紀を越えて、いまもつづいている。試みに自問してみる。万一、あの日、あそこに虹がかかっていたならば、あの日から引きつづく今日は、多少はよくなっていたのだろうか?とんでもない、そんなことはありえないのだ。

  ただ、はっきりしているのは、あの日、虹がかからなかったので、あの日に引きつづく今日がよくなったとも、とてもではないが、いえはしないことである。私はさらに自問する。では、虹の試行には、まったくいかなる意味も見出しえないのか、あれは二百パーセントの愚挙だったのか、許しがたい妄動であったのか、そのように簡単に過去を決着していいのか……と。答えは保留である、保留。

(『記憶と沈黙』56-57ページ)。 

 

悲嘆、指弾そして唾棄

〇自分の声はどこにも届かないのに、ひとの声ばかりが聞こえる。いや、ひとの声さえも、心の底からの声は聞こえてこなくなっている。

(『いま語りえぬことのために―死刑と新しいファシズム』87ページ)。

 〇最近何度かインタビューを受けたけど、それは大抵日本はどうなるんだ、どういうふうに復興すればいいのかというものなんだ。そういう質問じたい不愉快なので、この際一回滅びたほうがいいんじゃないかと言うと、正気なのかという目で見られて、けっきょくそれはなかったことにされて新聞に載らない。ぼくは本気で言ったのにね。

 こんなインチキな国はなくなったっていいじゃないか、棄てちまえ、と。いくらニッポンでも千人に聞いたら一人ぐらい言うよ、この際一回なくなってしまったほうがいいじゃないか。そういった言説を全部きれいに消していく作業だけは、メディアの連中は見事にやる。

(『死と滅亡のパンセ』83-84ページ)。

 

付記

*出典名は略記しています。

 

98.「根源」を見つめ続ける 

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 辺見庸は文学という世界で、厳しい自己との対話を繰り返してきた。スィン(罪業)を凝視しながらクライムを超える自由を達成するべく、もがいてきた。

 作品には微細であっても欺瞞があってはならない。それが無自覚な偽りであったとしても。細部に偽りが宿っていれば「罰する」。それは彼自身への戒めでもあった。

 

   

 作品に下駄を履かせてはいけない。高名な俳人だろうとなんだろうと、上げ底にしてはいけない。また、逆に詠み手の経歴から全面的に否定してもいけない。

 文学というのは、それほど苛烈なものだという思いが僕にはある。だからこそ法を超える宇宙性をもっている。少なくともクライムという意味での犯罪は超えるでしょう。クライムは、法律上の罪として対処されますがそれを超えて自由を達成できるのが文学です。

 文学は根源的罪(スィン)を視圏に置くものです。そうした言葉は文学や哲学にしかないはずだと思います。そう確信しますが、この国では実現されているとは言いがたい。死刑制度を受容するような文化に、根源的罪を視圏に置く哲学的深みは期待できない。

(『明日なき今日  眩く視界のなかで』毎日新聞社、2012年、146-147ページ)。

  

 通常の人智や生存感覚を超えた世界に入る。快楽原則と損得世界に生きる者にとってその真髄は容易には理解できないだろうし、理解しようとの気も起らないかもしれない。

 明日を思い煩うことなく今日を生きる。それはそれで幸い。厄災続きの暮らしをなんとか乗り越えられればよしとするのが精いっぱいなのだから。深遠な世界ましてやその真髄など求める必然も視線もまったくない暮らしを幸い(幸運)としてすがりつくのである。

 

 トップランナーや成功者から「元気をもらう」のでは、どうしてもやりきれなさが尾を引く。そして実際は、人生とは歯医者にかかっているようなもので、これからが本ものになると思っている間にもうすんでしまっているビスマルク)といった状態になってあの世の人となるのである。

 

 時に全く荒みのない人へ思いを馳せたら、「革命」を幻視したいものである。時代と情況が自己に求めることに対して、内なる必然の声に耳を傾けながら応える。  

 ステレオタイプな区分で少し気が引けるが、自問の種類と年代のメドを示してみる。 何がしたいか 10~20歳代、 何をなすべきか 30~40歳代  できることのうち何をするか 50~60歳代、何をするほかないか 70歳代以上。

 

 だが本当のところは、自己の内なる必然の声がどんなものか、それに耳を傾け続ける。その点では年代、性別などすべての属性を超えている。

 

97.距離感覚

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 辺見庸が寄稿した文の次のパラグラフに目がとまった。繰り返し読んだ。

   「若い人びとはおそらく知るまい。一見はげしく対立するはずの、ヒューマニズムテロリズムの二点をむすぶ線分は、おどろくべきことに、かつて、それほどに長いものではなかったのだ。直線的な理想主義とそれを根拠とする憤激が、あるとき短絡し、おぞましい殺りくを結果した例は、1970年代の連続企業爆破事件にとどまらない。運合赤軍事件も内ゲバ事件も、生まれついての暴力分子の手になるものではなく、まことに逆説的で皮肉なことには、もともと過剰なほど真剣に理想をとなえるものたちの所業だったのである」。

(「中國新聞」2017年5月28日)

  去る5月24日、東京拘置所内で多発性骨髄腫の悪化による多臓器不全で大道寺将司死刑囚が逝去したのだが、彼への追悼を込めて書かれたものである。

  「ヒューマニズムテロリズムの二点をむすぶ線分は、おどろくべきことに、かつて、それほどに長いものではなかった」との一節に触発され、「距離感覚」という語が頭に浮かんだ。

  自己と自己自身との距離感以外に、もう一つ重要なのが自己と他(人や社会)との「気」を介在した距離感である。そこでの関係性は相互作用しながら自己(自分自身)のあり方に影響を及ぼす。よって社会心理学上での「パーソナル・スペース」の問題意識どころではなく、「哲学」として考察されるべきものである。

  小山俊一は「思索者」としてこんなことを書いている。

 生きた人間をとらえるのに、〈できるだけ近づいて〉と〈少しはなれて〉と〈できるだけ遠ざかって〉とでは、どうちがうかを考えてみるといい。(中略)人がふつうに生活者として生きるとは、自分自身を自分にとって〈もっとも近い(親しい)もの〉として生きること、いわば「至近者」としての自己を存在することだ。うまく行為にも言葉にもなりそうにない「短かい夢」をひきずりながらだ。

 ところが革命家として生きるとは、自分自身を自分にとって〈できるかぎり遠いもの〉(「歴史化」する存在)として生きること、いわば「至遠者」としての自己を(「巨視」するばかりでなく)すすんで存在することだ。「短かい夢」なんぞかたっぱしからそぎおとしながらだ。〈遠いもの〉としての自己を生きる、とはそのまま「自己疎外」の定義そのものだ。すなわち革命家とはこの種の「自己疎外」をすすんで己れに課するもののことだ(小山俊一『EX-POST通信』弓立社、139-141ページ)。

  

  自己と他(人や社会)を考える際の距離感覚をみごとに捉えているといえる。

     辺見にしろ小山にしろ、対峙する際の距離感覚が常人と違って研ぎ澄まされている。本質の認識・把握に紛れがない。

 それは例えば辺見の次の記述にもあらわれている。

 

 逮捕から約40年、獄中での自責と悔恨、死のシミュレーションは、かれの日課だった。つまり、かれは想念で毎日くりかえし死んでいた。

 大罪はむろん大罪である。大道寺がいくら詫びたとて、獄死したとて、事件の被害者はよみがえらない。遺族は救われない。その酷烈な諸事実の間の、気がとおくなるほどの距離に、しかし、なにもまなぱないとしたら、40余年の時間とおびただしい死傷者は空しいムダにしかならない。

 出所「同上:中國新聞

 

 以前、大道寺将司について質問者が、「作品には、〈君が代を齧り尽せよ夜盗虫〉〈革命をなほ夢想する水の秋〉とか、正直、まだそういうことを考えているのかと驚きましたが、その点はどう思われますか?」との問いに、辺見庸は次のように答えているのである。

 

  僕はべつに驚かないな。それを説明するには、彼の人柄から言わないといけないのですが、彼は、圧倒的に僕より善人です。僕より何千倍も誠実で、ギョッとするくらいにまったく荒みを感じさせない人物です。僕が目を見張るのはいつもそこです。目に荒みがない。いまの人間って、どんなにいいことを言っても視線が狡かったり、どこか下卑ていたりする。言葉と本当の思いが必ず乖離しているのが、すでにこの社会の前提ですよ。

(中略)

 しかし、彼との間ではインチキをやらなくて済むんです。一回約二十分の面会ですが何十年も昔からの友人に会いにいった気分で、顔が自然と弛んでしまうというか、お互い屈託なくなり警戒する必要がない。彼の目には疑りがない。三十七年間のホルマリン漬けみたいだなと彼に言ったことがあります(笑)。

辺見庸『明日なき今日  眩く視界のなかで』毎日新聞社、2012年、147-148ページ)。

96.軍隊の本性 

  司馬遼太郎は、生涯、天皇または天皇制について直接言及(論評)することを避けたが、高山彦九郎  ( 天皇潜在的君主とする志を全国行脚して説いた )を、さりげなく好意的に評価する一文を残したりしている。

 一方で、司馬にしてはめずらしく、先の戦争末期の陸軍大臣(阿南近畿)の発言や『鉄の暴風』(沖縄タイムス社編)を参照しながら、軍隊の本質を批判的に見抜いている。

 

 軍隊というものは本来、つまり本質としても機能とし ても、自国の住民を守るものではない、ということである。軍隊は軍隊そのものを守る。この軍隊の本質と摂理というものは、古今東西の軍隊を通じ、ほとんど稀有の例外をのぞいてはすべての軍隊に通じるように思える。(中略)軍隊が守ろうとするのは、たとえ国民のためという名目を使用しても、それは抽象化された国民で、崇高目的が抽象的でなければ軍隊は成立しないのではないか。(司馬遼太郎街道をゆく 二」『司馬遼太郎全集第48巻』414頁)

                              

   現在、ニッポン政府は、国民のいのちと財産を守るという美辞麗句を並べ、自衛隊を実質的に侵略可能な「軍隊」として憲法に明文化するべく画策している。首謀者は例のアベである。

 

 あの司馬遼太郎でさえ軍隊の本質が「自国の住民を守るものではなく、軍隊は軍隊そのものを守る」と述べているのだ。実際、敗戦直前の沖縄で、ニッポン軍が沖縄の住民を守るどころか逆に沖縄住民をスパイ扱いし、さらには村落から逃げるなどした住民を殺したのだ。

   沖縄駐留米軍は沖縄の人々を決して守りはしない。日本駐留米軍は日本人を決して守りはしない。彼らは彼らの軍を守る、彼ら自身を守る、彼らの国を守るために駐留している。

          f:id:eger:20170531064105j:plain

 司馬遼太郎は、また、次のような言葉を残している。

「日本人は均一性を欲する。大多数がやっていることが神聖であり、同時に脅迫である」。

  

 現代消費資本主義下でのマス・マーケティングや脅しのマーケティングの対象としての消費者の姿がそこにある。金太郎飴のごとく「個」が溶解し、人びとが共同自己衒示的幻想へと駆り立てられていく。まさにこれがニッポンのファシズムの根茎に通じているのである。

   

 最後に例によって辺見庸の見解をみてみよう。彼なりの目で国家の本質を的確に突いている。慧眼である。

 

 国家が、本質的に抑圧機関であることは疑いない。けれども、まったくそうではなく、あたかも救済機関や理性(真理)体現機関のように、魅力的に見せかける欺岡に長けているのも、近代国家の特徴ではある。

 要するに、ひどく見えにくい。国家の、そうした不可視性こそが曲者である。なぜ、見えないのか。それは、国家というものが、断片的な実体とともに、非実体である〈底なしの観念領域〉を併せもつからではないだろうか。換言すれば、国家とは、その図体のほとんどを、人の観念領域にすっぽりと沈みこませているのはないか。

 極論してしまえば、国家は、可視的な実体である以上に、不可視の非在なのではないか。極論をさらに、進めてみる。国家は、じつのところ、外在せず、われわれがわれわれの内面に棲まわせているなにかなのではないか。それは、ミシェル・フーコーのいう「国家というものに向かわざるをえないような巨大な渇望」とか「国家への欲望」とかいう、無意識の欲動に関係があるかもしれない。

 ともあれ、われわれは、それぞれの胸底の暗がりに「内面の国家」をもち、それを、行政機関や司法や議会や諸々の公的暴力装置に投象しているのではないか。つまり、政府と国家は似て非なる二つのものであって、前者は実体、後者は非在の観念なのだが、たがいが補完しあって、海市のように彼方に揺らめく国家像を立ち上げ、人の眼をだますのである。そのような作業仮説もあっていいと私は思う。

(『永遠の不服従のために』毎日新聞社、2002年。のち講談社文庫、2005年、75-76ページ)。 

95.快楽にしびれる脳内回路

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 アベ首相は、かつて「美しい国、日本」と言っていた。いまでもこれをひろく浸透させたいらしい。それには春の日、咲き誇る桜の花に皆が集い酔いしれる国のイメージがあるが、実体は違うのではないか。

 

 特攻隊員のことについてアベは、「かれらは、愛しきもののために、他方、自らの死を意味あるものにし、自らの生を永遠のものにしようとする意志もあった。日本という国の悠久の歴史が続くことを願った。かれらはいのちをなげうって守るべき価値が存在したのだ」と記している。それを美しいニッポンの自然とともに語っているのである。(安倍晋三美しい国へ』文藝春秋)。空々し文章である。

 2,000万人以上のアジア・太平洋各国の人々を、ニッポンが大東亜共栄圏構築という妄想のもと、侵略して殺したことについては一行も触れていない。

 

 辺見庸は、ニッポン民族の情念さらには意識の古層にあるものを次のように捉えている。(アベの意識の最深底辺部にもこの種のものが棲みつき、彼を突き動かしているらしい)。 

 恐怖をかんじるのと快楽にしびれる脳内回路は、おもいのほか近いのだという。つまり戦慄とアクメはとなりあわせており、両者はしばしば短絡して、ふたつながらふくれあがり、結局、からみあったまま死へと昇華していくほかない。血しぶきとオルガスムスが同時的に噴きだすのである。そのことと日本的情念の古層にはなんらかのかんけいがあるはずである。と、1970年11月25日、三島由紀夫自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺したときわたしはおもった。

(『国家、人間あるいは狂気についてのノート』毎日新聞社、2013年、9頁)。

 

 「桜の樹の下には屍体が埋まっている」との書き出しで始まる掌編小説を書いたのは梶井基次郎であった。アベはそこで記されている「屍体」には目をつぶる。

 特攻隊として散っていった青年たちを「美しい」と称賛しているが、「水晶のような液をたらたらとたらしている。桜の根は貪婪な蛸のように、それを抱きかかえ、いそぎんちゃくの食糸のような毛根を聚(あつ)めて、その液体を貪欲に吸い続けている。」という実態について見ようともしない。

 侵略そして戦争によって殺された人、戦死した兵士たちは、「桜の樹の下」でいまでも無念に苛まれている。その屍体のうめき声に、残された家族たちは必死に耳をかたむけているのだ。

 

 「この国の住民の脳には生まれながらにテンノ性ガンという不治のガンが巣くっている」(小山俊一「オシャカ通信No.2」248ページ)。しかも、マスメディアによって皇室関連情報によって「テンノ性」が繰り返し発信され、その「ガン」が励起されているのである。

 

 国・権力者・天皇の犯罪、そして国や権力者に命じられ、そしてテンノ性にたぶらかされて他国の人々を殺しまたは戦争に加担した者の加害者性は否定できない。それを「自虐史観」として非難し、しかも厚顔無恥に「未来志向」とほざく。とんでもない「自己チュウ」意識の持ち主たちと言わざるを得ない。

 

 美しいニッポンがあるのではない、ニッポンの美しさがある。すくなくとも、そう言えるようになるためには、表層批評では捉えられないことがあまりにも多い。小林秀雄が多用するレトリックの裏面を暴くような地道な洞察が求められる。

 

付記

 奈良県宇陀市の「又兵衛桜」(写真)と佛隆寺千年桜。いずれも田園のなかにある一本桜です。夕暮れに行くと一層妖しさが映えます。そこから小一時間ほど車を走らせると、曽爾村の屏風岩公苑を背景にした山桜を鑑賞することができます。

 (これらはすべて見頃がずれていて、とくに屏風岩公苑の桜は、開花が遅い)。

93.恥じなき国の

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 恥じなき国の恥じなき時代に、「人間」でありつづけることは可能か?と、辺見庸は問うています。厚顔無恥で軽薄な者たちを見聞するにつけ、この辺見の指摘が胸に突き刺さります。
 

 罪の文化も恥の文化も、本当は自己の目、自己の声に照らして自ら問い答えることによって成り立つものですが、実際はそのようにはなっていません。

 自己が横にズレ置かれ(疎外され)、罪の文化は神の目を、恥の文化は世間の目を意識したものになり、社会秩序のためのいわば統治手段の用具(概念)になっているのです。

  

 ですから、恥じなき国の恥じなき時代に、「人間」でありつづけることは可能か?との問いは、人が個として自らの内声に耳を傾けまたは実相を見つづけることによって、意識を対象化し欺瞞なく内的宇宙で交信できるか?と言い換えてもよいのだと言えます。

 そこには罰する神も非難する世間もないからこそ、個が求められるのです。煎じ詰めると自己のNot(Notwendigkeit)としての義を裏切ることができるのかということになります。

 

 多くの日本人が、自らの加害者性と愚鈍とを自覚しないまま、マスメディアと風潮に洗脳され、時代に棹差して異口同音の虚言を口にしています。

 それらを見せつけられては欝状態になるのも自然なこと。神経症もいわば時代の公傷だと開き直り笑い飛ばす。神経症統合失調症も治癒することを第一義にしない。ありのままに「生きる」。北海道浦河のベテルの家の「ゆるゆるスローな」「普通に生きる」人々は立派です。

 

 思い起こせば、最大の戦犯である天皇ヒロヒトが自決せず、処刑を免れ延命したことが、戦後の日本人の精神構造を腐敗堕落させました。 

 そして物質的豊かになったと錯覚し、モノの亡者に皆が陥って精神の自立を喪失してしまったのではないでしょうか。

 

 

90.生存感覚・生存意識

  本来の生存条件である稀少性、有限性そしてマチエールにかんする感覚の欠如ないし希薄化によって生存感覚・生存意識は、本来の健全さを喪失し認識力・判断力も歪になっている。 

 その主な原因は、マスメディアとインターネットによる過剰ともいえる情報によるところが大きいと考えられるのだが、あらためて次の所説を確認しておきたいと思う。

  

稀少性について: 小山俊一

 この地上に生れてくる人間がみな衣食足りて生きながらえるということは不可能であって、だれかが(むしろ大部分が)かならず飢えるか栄養不良になるかして死ななければならぬ、このことは人類史をつうじて今にいたるまで変らない―という基本事実の根底にある世界条件(人間全体にたいしての物質の不足、生産の不足)をサルトルは〈稀少性〉raretéとよんでいる。(中略) 

 また「国家を形成している集団の性質は、そのなかの余計者たちによって規定されており、集団は存続するためには数的に減少する必要がある。こうした数的な減少はいつも実際的な必要としてあらわれているが、かならずしも殺人というかたちをとるものではないことには注意しよう。」(傍点私)しかしかならず、殺人という意味をおびることにも注意しよう。

 私の註― つまるところ〈稀少性〉という世界条件のもとで人間支配があるかぎり「殺され」死は必然的だというわけだ。当然のはなしだ。

『EXーPOST通信』弓立社、44-45ページ

 

有限性について: ヴィクトール・E. フランクル

 私たちは、いつかは死ぬ存在です。私たちの人生は有限です。私たちの時間は限られています。私たちの可能性は制約されています。こういう事実のおかげで、そしてこういう事実だけのおかげで、そもそも、なにかをやってみようと思ったり、なにかの可能性を生かしたり実現したり、成就したり、時間を生かしたり充実させたりする意味があると思われるのです。死とは、そういったことをするように強いるものなのです。ですから、私たちの存在がまさに責任存在であるという裏には死があるのです。

 そう考えると、どれだけ長生きするかということは、本質的にはまったくどうでもいいことだということがはっきりするでしょう。長生きしたからといって、人生はそれだけではかならずしも意味のあるものにはならないのです。また、短い生涯に終わってもずっと意味のある人生だったかもしれません。あるひとりの人の自伝を判断する基準はその自伝を叙述した書物のページ数ではなく、もっぱらその書物が秘めている内容の豊かさだけなのです。

 (『それでも人生にイエスと言う』山田邦男・松田美佳訳、春秋社、47ー48ページ)。

 

マチエール感覚について: 辺見庸

 マチエールということばを使いましたが、それは人でいえば、においとか温もりとか、冷淡さとか、あるいは抱きあったときの感触とか、つまり質感や手触りや痛覚のことです。そういう交感可能だったものがいま、交感不可能になっているのではないかとおもうのです(25ページ)。

 マチエールをうばわれると、人間の生体はとんでもないゆがみ方をしていくのではないかというのがぼくの直感としてはあるのです(37ページ)。

 見ている側もメディアがこれでもかこれでもかと浴びせてくる虚像の世界を実像だと錯覚してしまう。「悲惨」ということばが、マチエールというのかな、本当に手触りもったことばとしてつたわってこない。それがかえって、いちばん悲惨なことだとおもうのです

(84-85ページ)。

 いまの若い人たちは、いや大人も、総じてマチエールをうばわれて、リアリティというものをそれぞれの肉体から剥ぎとられていっている。そういう時代に生きているのではないかとおもうのです。だから、愛とか痛みとか、人間の感覚のなかでもっとも大事な根源の部分が、麻痒させられてきている。痛覚がなくなってきているし、相手の痛覚も想像することができない(119ページ)。

(『しのびよる破局 生体の悲鳴が聞こえるか』大月書店、2009年。のち角川文庫、2010年)。 

 

   情報の「的確な選択」さらには「断捨離」によってあたかもプチ断食が、心身活性に似た効果を生存感覚・生存意識にもたらすだけではなく、諸関係における情報の功罪を再認識させる。

 意識産業からの情報を受け入れるしかなく「依存」効果の対象でしかなかった「虚ろなかかわり」を断絶することによって蘇るのは「個」の叫びだ。再生されるのは、自考力といってもよいし、自己教育力といってもよいかもしれない。

 

89.沖縄米兵の子が吊るされる日

 辺見庸は、自らの必然があればテロを敢行すると述べている。私的な被害・屈辱であったとしても、相手の行為が国家暴力を背負ってのものならば、公権力にゆだねることなく個人として制裁を加えるというのである。

 

 もしぼくがパレスチナの西岸やガザ地区などに生まれていて、いまのようなかたちでで(ママ)あんなでたらめな空爆をうけたら、八割ぐらいの確率でぼくはいわゆるテロリストになりますよ。親を殺され、妹を殺され、赤ちゃんを殺されたら、黙ってないですよ(『反定義   新たな想像力へ』辺見庸坂本龍一朝日新聞社、2002年)。

 

 沖縄はいつ戦時に移行するか予断を許さない情況にある。現在のところ半戦時と言えなくもないが、軍用機が飛び交う下で暮らす人びとや米兵による暴行・強姦の被害者、その恐怖に怯えている人びとにとって沖縄は「戦時」と変わらない。

 辺見はパレスチナの西岸やガザ地区での例え話で自らの決意を表したのだが、沖縄であっても変わりはないであろう。 

 

  毎日、ぼくらのこの世界はテロリストを養成してる。自爆テロ志願者を生み、育てているみたいなものでしょう。(中略)今後は、しっかりと話したり表現したりすることが肉体的な痛みとか、理不尽な目にあうということを、ある程度考慮に入れざるをえないと思いますね(『同上書』)。

 

 ところで、沖縄で生まれ育った目取真俊は、掌編小説『希望』で、戦後の沖縄の底辺最深部に鬱積している怒りの爆発ともとれる記述をしている。コザの市街地からさほど離れていない森の中で、行方不明になっていた米兵の幼児が死体で発見されたという設定である。

 

   今オキナワに必要なのは、数干人のデモでもなければ、数万人の集会でもなく、一人のアメリカ人の幼児の死なのだ。

 

との犯人の声明を記している。

 

 また『虹と鳥』という小説では、沖縄米兵による少女強姦に関して次のような表現がある。 

「こんなに人が集まっても何もできないんだから、沖縄の人間もどうしようもないよな。こんだけ集まったんだったら、基地の金網破って中に入ってな、アメリカ兵を叩き殺してやればいいのによ。いくら口だけわーわー騒いでも、アメリカーたちは痛くもかゆくもないだろう」。

 

「吊してやればいいんだよ。米兵の子どもをさらって、裸にして、五八号線のヤシの木に針金で吊してやればいい」。

 

「そうなのだ。カツヤは胸の中でつぶやいた。比嘉の言う通りだった。それ以外に方法などなかった。八万五千の人々に訴えている少女の姿は美しかった。だが、必要なのは、もっと醜いものだと思った。少女を暴行した三名の米兵たちの醜さに釣り合うような」。

 

 私はこの彼らの言辞に、追い込まれた者に特有の「罪業」と「必然の義」とのconjugation を読みt取る。

 

88.国家・戦争・人間

 テレビやVR(ヴァーチャルリアリティ)に慣らされて、「生身」や「マチエール」感覚が希薄化してしまっている。これに対して、辺見庸は述べている。

 戦争って大変に身体的なことですね。ぼくはアメリカが戦争を工業化しているといいましたが、工業は数値で説明できても、身体はそうはいかない。アメリカ国民には柔らかで痛ましい身体があるけれども、それ以外の他者は数値でしかないというのではおかしい。着弾の音で発狂してしまうとか、そうした被害者を目の当たりにすると、国家と人間というものの構図のなかで、人間というものをこれほど侮蔑したことはないなと、つくづく思います。アメリカ人は一度、そういう爆撃現場を見て歩くツァーをしたらどうかと思うぐらいです(辺見庸坂本龍一『反定義 新たな想像力へ』100ページ)。

 マスメディアを使って政府は民衆の一層の無力化を画策している。この状況はわたしたちにとって「悲劇的」である。

 それは、「<必要>の巨大さの前と緊急さの前に<手段>が間に合わぬことを悲劇的という」―小山俊一(「オシャカ通信」『EX-POST通信』262ページ)のこの言葉の意味において「悲劇的」なのだ。

 だが、デモに参加し、闘うにしても。次の二人の認識はこうだ。

 私たち生き残った戦争世代の者の処生(ママ)上の最低綱領は「国家のために指一本うごかさぬこと」の外になく、思想上の最低綱領は「<民族><国民>を志向するいかなる動向にも加担しないこと」の外にない(小山俊一『同上書』40ページ)。

 

 ぼくはその宿業のような国家幻想に徹底的に対抗する物語のほうが好きなんですね。ぼくは幸か不幸か例外的な本然的反国家主義者なんだと思う。で、ぼくが書くことは、徹底的に反国家的で、反政治で、どこまでもふしだらでいたいと思う。政治に吸収されない、政治に利用されない、国家や政治を勇気づけない、政治的な発想をどこかでせせら笑っていたいですね。ただ、そういうことをやる限りは、どっかで落とし前をつけなきゃいかんというか、何度もいいますけれども、必ず向こう傷を負わざるをえないだろうなと、ぼくは予感してるんです(辺見庸坂本龍一『前掲書』157ページ)。

 

  われわれの徹底的な無力さ。私はそれを承認する。これが<理性>の始まりであり、生涯をかけての闘争が開始される時である。」(「ポールニザン」)―徹底的な無力さ、そこにとどまること、そこから何かが「始まる」かのように浮足立たないこと、それこそがおれたちのたたかいなのだ。そこに辛うじておれたちの〈理性〉がある。

 君(たち)の〈責任感〉はそれをにぶらせる役にしか立たない。きっぱりとそいつをたち切らねばダメだと思う。

 これは議論じゃなくて事実のはなしだ。気づくか気づかないかだ(小山俊一『EX-POST通信』288-289ページ)。

 

 徹底した無力を認識した個そしてその集合態としての私たちの「<必要>と<緊急>は」いや増す、その心身状況が闘いへと自然に向かわせる。これがNot(Notwendigkeit)としての義の発現なのだろう。 

 

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 最後に次の言葉を。

生きた人間をとらえるのに、〈できるだけ近づいて〉と〈少しはなれて〉と〈できるだけ遠ざかって〉とでは、どうちがうかを考えてみるといい

(中略)

 人がふつうに生活者として生きるとは、自分自身を自分にとって〈もっとも近い(親しい)もの〉として生きること、いわば「至近者」としての自己を存在することだ。うまく行為にも言葉にもなりそうにない「短かい夢」をひきずりながらだ。ところが革命家として生きるとは、自分自身を自分にとって〈できるかぎり遠いもの〉(「歴史化」する存在)として生きること、いわば「至遠者」としての自己を(「巨視」するばかりでなく)すすんで存在することだ。

 「短かい夢」なんぞかたっぱしからそぎおとしながらだ。〈遠いもの〉としての自己を生きる、とはそのまま「自己疎外」の定義そのものだ。すなわち革命家とはこの種の「自己疎外」をすすんで己れに課するもののことだ(小山俊一『同上書』139-141ページ)。