辺見庸 研究 ~内宇宙への旅~

辺見庸の発言は、ときに「荒れ球」や「魔球」もあるが、「剛速球」が身上である。その根源にある思考とは何か。

B‐15 憲法九条制定の舞台裏

元首相で憲法制定に携わった幣原喜重郎の次の言葉が参考になる。かなり思い切った発言なので掲げる。 「非武装宣言ということは、従来の観念からすれば全く狂気の沙汰である。だが今では正気の沙汰とは何か。武装宣言が正気の沙汰か。それこそ狂気の沙汰であ…

B‐14  報復は報復を呼ぶ。アベはそれを知っていながら、自衛の名のもとに「殺し」、「殺される」状況作りに突っ走っている。

軍備増強しても、日米安保があっても、集団的自衛権を行使したって、いざ戦争になれば国民を守ることはできない。自衛隊だけでなく官民挙げて関与させられ犠牲者は百万人いや千万人以上が犠牲になるおそれさえある。「殺し」「殺される」社会をなくすことこ…

B-13 死刑制度が現存している限り、私たちは「殺人者」である。  

「個体知」「民主意識度」は死刑制度を考えることで高まる。ひとり一人の民主主義の意識と具現。死刑制度を熟慮し、自らの「個体知」を磨くことが当面必要であると思う。 訳のわからないまま選挙が行われ、訳のわからないまま選挙が終わる。誰が死刑廃止論者…

B-12 大転換

戦後民主主義の幻想に蝕まれた国民は、深く考えることなく憲法を精神的支柱に添えてきた。それが根本的に間違いであったことは、昨今の「解釈憲法」によっていかようにも改竄できることで明らかになった。権力(政府は)の奥の手としてナチス・ドイツに倣い…

B-10 過去は完了したか?  

今さらながら日本による1910年から1945年までの朝鮮半島統治(植民地化)のことを思う。政治・経済・文化のすべての面での統治は、統治される側からすれば多少近代化の恩恵があったとしても、誇り高き朝鮮民族にとっては屈辱であった。 朝鮮戦争によって分断…

B-9 「個」の溶解

辺見庸は「個人という言葉が日本では1884(明治17)年までなかった」との阿部謹也(西洋社会史の研究家)の言葉を紹介している。 日本には世間はあっても社会がない。「世間」は、人がつねに集団の価値観や意見を優先する。 何よりも個として生きてこそ生き…

B‐8 新刊『沖縄と国家』について  

辺見庸と目取真俊の両氏の対談、印象深かったのは目取真氏の次の発言である。 実際に毎日300人以上の人がゲート前に座り込めば、機動隊も簡単に強制排除できないし、資材搬入ができなくて工事は止まるわけです。本気でやるということは、効果を出すというこ…

B-7 社会的義(正義・大義)の危さ

明治維新では「義人」と呼ぶにふさわしい人物が世に多く出た。司馬遼太郎は坂本龍馬以外にも、たとえば維新に反対の立場で生きた、日本の典型的・代表的な「義人」として河井継乃助をモデルにして『峠』を書き、人気を博した。 目を世界に転じてみると、数え…

B- 4   米日の「思惑」

スケジュールに沿って北朝鮮はミサイルを撃つ。官房長官がショックドクトリンよろしくそれを発表する。内心、ほくそ笑んでいるかのように。「脅威」の効果を最大限利用しようという下心。「オオカミおじさん」は見抜かれてしまっている。ミサイルを撃たせな…

B-2 安倍内閣による「執行権の濫用・独裁」そして「ファシズム体制」への疾走。

辺見庸はファシズムは現在すでに始まっていると警告している。実際、国会での多数派を盾に、アベの「やりすぎ」が横行しているのである。 ファシズムの政治体制の形式的特徴は、執行権による独裁であり、それは政策決定過程からの議会の無視、審議の排除にあ…

100.辺見庸の「置き文」

生き苦しさが増している。むしろ「息苦しい」といった方がよいかもしれない。右傾化なんて言葉では片づけられないほど、価値観の底が抜けてしまっている。この苦しさの理由は根深いところにありそうだ。 宮城県石巻に生まれ、太平洋沿いの海岸近くで育った辺…

96.軍隊の本性 

司馬遼太郎は、生涯、天皇または天皇制について直接言及(論評)することを避けたが、高山彦九郎 ( 天皇を潜在的君主とする志を全国行脚して説いた )を、さりげなく好意的に評価する一文を残したりしている。 一方で、司馬にしてはめずらしく、先の戦争末期…

95.快楽にしびれる脳内回路

アベ首相は、かつて「美しい国、日本」と言っていた。いまでもこれをひろく浸透させたいらしい。それには春の日、咲き誇る桜の花に皆が集い酔いしれる国のイメージがあるが、実体は違うのではないか。 特攻隊員のことについてアベは、「かれらは、愛しきもの…

93.恥じなき国の

恥じなき国の恥じなき時代に、「人間」でありつづけることは可能か?と、辺見庸は問うています。厚顔無恥で軽薄な者たちを見聞するにつけ、この辺見の指摘が胸に突き刺さります。 罪の文化も恥の文化も、本当は自己の目、自己の声に照らして自ら問い答えるこ…

89.沖縄米兵の子が吊るされる日

辺見庸は、自らの必然があればテロを敢行すると述べている。私的な被害・屈辱であったとしても、相手の行為が国家暴力を背負ってのものならば、公権力にゆだねることなく個人として制裁を加えるというのである。 もしぼくがパレスチナの西岸やガザ地区などに…

85.辺見庸 ×目取真 俊 : 対談

戦争へ向けて歩み始めている。 目取真俊 × 辺見庸の対談は、そのような情況かと思わされるなかでなされた。まさに時宜にかなった対談である。 だがこの対談、共同通信社の配信によって4月16日に沖縄タイムスと琉球新報に載ったものの、今のところホンド(本…

80.ある詩人の「剽窃」

辺見庸は10年ほど前にこんなことを書いている。 どだい、政治のなにが重要というのか。あれらの言葉の愚弄。空洞。あれらの言葉の死。ほら、そこの軒下に干してある黄ばんだおしめほどの意味すらありはしない。 『言葉と死 辺見庸コレクション2』毎日新聞社…

75.辺見庸「父を問う」(NHKの番組)について(その2)

辺見庸の母がポツリと、「あのひとはすっかり変わってかえってきた。化け物のように変わって」・・・そのような口吻で復員してきた夫について呟いたと、辺見は『1★9★3★7』で記している。 この記述から、敗戦で帰還した辺見の父の心の葛藤、荒みの一端が…

74.辺見庸「父を問う」(NHKの番組)について(その1)

辺見庸の印象 無精ひげ、右半身のマヒ、右目の視力低下、口の乾き、不如意に右唇から唾液が出るのを何度かぬぐう等、大病の後遺症や72歳の高齢を感じさせた。ただし、話の内容は示唆に富むものであった。 愛犬(つれあい)とともに出演。(家族が家を出てから…

73.辺見庸:TV出演(3月12日)への視角

辺見庸が、病をおして近々NHK教育テレビに出演する(2017年3月12日:再放送3月18日)。テーマは 「父を問うーいまと未来を知るために」。 彼は、亡父をどのように語るのであろうか?NHKはこの時期、どのような番組作り・編集をする(できる)のだろうか? …

63.ファシズムの快と自省

辺見庸は述べる。 何度もくりかえしますが、ファシズムというのは、けっしてでたらめなやつだけがやっていたわけではないのです。ファシズムにはファシズムなりのある種のロマンというものがあった そのことを忘れないようにしたいとぼくはおもうのです。「…

61.「不条理な」苦痛

今日の世界情勢として政治の右傾化、排外主義の台頭がある。それは「トランプ現象」に顕著に表れているのだが、日本にも当てはまることである。 逸見庸は『いま、抗暴のときに』で、次のような主旨のことを述べている。十数年も前のことだ。 ドブレは前掲書…

57.講演会(1月30日)のこと

辺見庸の右目が見えなくなった、体を激痛が走る、「エベレスト」にも最近は登っていない、という。右目は手術しなければならず入院は7日ほど。左目も問題ありとのことだ。 今年の1月7日からのブログ「私事片々」は2017年1月23日でいったん途切れ、その後、再…

42.阿川弘之、三浦朱門

権力亡者、排外主義者、民族主義者、拝金主義者、競争至上(弱肉強食)主義者、国粋主義者。 これらは米国の大統領選挙で勝ったトランプのことを言っているのではない。安倍晋三のことでもない。 選民思想、加害者意識欠落、天皇崇拝、夜郎自大、レイシスト…